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その背に黒の羽根を  作者: 林 りょう
第二章:捻くれX異世界=意外に普通
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誇りが無い、それが誇り


 

 あれから、ティルダは何か思うところがあったのかすぐさま部屋を飛び出し、サイードは再び暇を持余すこととなった。彼の背中を見送りながら、振り出しに戻るのであれば最初から暇を選べばよかったと後悔する。

 しかし、監禁されてはいないと分かっているので先ほどまでと違い、部屋で何もせずに時間が過ぎるのを待つ必要はなかった。


 なのでサイードは、部屋から出てアジト内を見回る事にした。リーダーもそうするだろうと見越し、ティルダを見張り役にしようとしたのだろう。まあ、結局彼はその役を放棄したのだが。


 アジト内は、二日後に迫った決戦への緊張感に満ちていた。間際で表面上仲間と紹介されたサイードに対しては、遠慮の無い警戒の視線が突き刺さってくる。それを鬱陶しそうに流しながら無意味にぶらつくと見せかけ、発見した食糧庫から少しばかり自分の分を失敬した。

 シャワーらしきものも見つけたがさすがにそれは我慢するしかなく、それ以外では短時間で計画の全貌にまつわる情報と、城の見取り図までも手に入れていった。

 当然そのようなものがある場所は、交代で見張りが付けられているのだが、サイードは自分で見なくても知る手段を持っているのだ。さらに、離れた場所の声も拾うことが出来る。

 魔法にもそれに近い術はあるが、サイードのはまた違ったある意味特別な固有の技であった。何故そんな力があるのか、それはルシエが救世主(・・・)だからとだけ説明しておこう。今はまだ知る場面ではない。

 とにかく、その力でサイードは様々な情報を仕入れていった。

 有益なものからそうでないものまで本当に多くを手に入れたが、何よりこのアジト散策により、二日後の計画はほぼ失敗するということが判明する。

 そしてサイードは、ティルダが感謝を抱いて懐いていてきたのが結果的にプラスになったことを笑った。彼の決意もだ。

 なんだかんだで、アピスに来てからかなり運に恵まれていたのだろう。それを少しつまらないと感じるのは褒められないが、サイードにとっては取り巻く環境が変化しただけで自身は何も変わっていないと思っている分、異世界も普通に感じられて期待外れな部分があるのだ。

 一気に冷めた気分となり、気付けばアジト内でも人気の無い場所へと来ていた。

 散策しつつも意識が違うところに向けられていたせいで、気付かずそんな場所に来ていたのだが、何者かの視線を感じ意識を戻す。


「ここで何をしているの?」


 散策を始めてから二時間は経過していた。皆、警戒していたからか声を掛けられたのはこれが初めてだ。

 目の前には、リーダーと対面した時にサイードの顔を晒そうとしたリルと呼ばれた女が立っていた。


 腰で流した赤い髪と灰色の瞳。主張激しい胸と括れた腰はスタイル抜群であり、確かに美人ではある。しかし、瞳の持つ光はくすんでいて、目つきも鋭くどぎつい。纏う雰囲気からただの女ではないのだろうが、幹部よりもリーダーの女と言われた方が納得できそうだ。

 リルは偶然を装っていたが、サイードには彼女が故意に近付いてきたのを悟っていた。

 人の醜い部分が地球より率直に行動として表れるのは、サイードに楽しみをもたらしてくれる。


「いや、何か手伝える事は無いかと思ってたんだが、気付いたら迷っていてね。貴女は確か……」


「リル、よ。ふふ、昨日と随分態度が違うのね」


 サイードはリルに会えてかなり好都合だった。しかも本当は女であるので、同じ女の気持ちや思考は分かりやすい。特に自分の欲望を最優先させるタイプの女は、手に取るように理解できる。

 口元に手を当ててクスクスと笑ったリルは、熱の篭った視線をサイードに向けながら道を塞ぐ形で会話をする。


「昨日は少し、感情的になってしまったからね。普段は、こちらが素だよ」


 口調も柔らかく変え、豹変したと言ってもおかしくない。サイードを知っている者がいれば、薄ら寒いと引くだろう。残念ながらこの男を知る人間は今のところまだ居ないのだが、もしかしたらティルダはいくらか会話をしているので、そんな反応をしたかもしれない。

 サイードがそんな態度を取って、嫌悪していたはずのリルの会話に付き合っているのには当然理由がある。散策している間にサイードも、彼女に用が出来ていたのだ。


 自身の豹変は楽しい楽しいお遊戯であり、最も大きな快楽のための前戯でもあった。

 今のサイードは女に受けの良いもの腰柔らかな青年であり、かといって付き従うだけの軟弱とはまた違う。弄ぶことを得意とする少し危ない男。元々サイードという()は、そういって定まらない人物なのだ。


「ねぇ、私の勘だと、あなたかなりいい男でしょう?」


 かといって、こうもあっさりと乗ってくるリルを大爆笑して泣かせてしまいたくもなる。それを我慢してサイードは彼女の手を取った。


「さぁ? それは貴女が判断してくれれば良いさ。」


 耳元でそっと囁けば、リルは擽ったそうに身をよじる。それに合わせてわざとらしくクスッと笑い、すぐ傍の適当な部屋へと導いて行く。素直に従う姿に拒絶の色は見えない。


 可哀想に、リルの後ろにはあるものが視えていた。

 それこそが死を招くと自覚しているサイードにのみ備わるものなのだが、何故偽りの人格に特技としか言えないようなものがあるのかは本人にも不明だ。気付いたのはごろつきと対峙した時だったのだが、これといって役立つともいえない力を彼は持っていた。


 未だ不確定な部分も多いので詳しい説明はまだできないが、少なくとも言えるのが、リルは欲に溺れたばっかりに、欲張ったばっかりに、それが視えるのだろう。


 サイードが宛がわれているのと同じ造りの無人の部屋へ入った二人は、ベッドにリルが押し倒された形で向き合っていた。体は密着し、彼女の足で自分の足を挟み、至近距離にある顔では互いの吐息が交じり合う。

 クスクスと笑うリルは、腕をゆっくりと動かし細い指でそっとサイードの顔を覆う布を顎下にずらした。


「えらく念入りなのね」


「焦らされる感がたまらないでしょう?」


 布の下には素顔があると思っていたのに、現れたのはまた布。若干苛立った様子で眉を顰めたリルをサイードが楽しそうに小さく笑って、自分からずらされたマントと一体である布を剥ぎ取った。そうすると、彼女に明かされるのが髪だ。銀の髪が揺れ、その美しさに女として軽く嫉妬を覚える。

 次にサイードは、ピアスで止めているマスクを外した。手に持ったマスクをリルの横に投げれば、彼女は感嘆の息を吐き出しながら釘付けになっていた。

 晒された素顔。マスクの下にあったのは、綺麗な鼻筋に傷のまったく無いきめ細やかな肌。薄い唇は女に劣情を抱かせる。


「貴女だけに、特別だ」


 そんな顔が、そんな唇が、リルに近付きながらそう囁いた。瞬間、彼女は言い知れない幸福感で震える。

 それは、自分がサイードに求めてられているという勘違いな達成感でもあった。


「ふふ、勿論。二人だけの秘密、ね」


 リルは初心な少女では無い。女の快楽を知り、女としての武器を使って生きてきた。しかも彼女は、それが出来る美貌がある上に絆されるより絆すタイプだ。当然、自分へのプライドも高い。

 しかし、そんな女が知ったサイードという男は、それを捨ててでも求めたい感情を抱かせる。

 この男を自分のモノにしたい。リルの心はそれに支配された。


「ねぇ、私が貴方を助けてあげる」


「助ける?」


 サイードが反乱軍にいる本当の意味を知っているリルは、この瞬間リーダーに従う意味を失った。時に人は、欲望の為であればどんなことでもする節がある。

 正直、そうさせている本人は自分の顔がそこまでの効果を持っていることに驚いているのだが、その容姿は淫魔のごとく整っていて、尚且つ定まらない人格がもたらすミステリアスな雰囲気と相まって破壊力が抜群なのだ。

 女の姿でも同じかと聞かれればまた違ってくるので、そうすると性別を間違って生まれてきてしまったと思えてくる。

 顔から離れ、リルの首筋にうめて焦らしながら先を促せば、小さく嬌声を上げながら彼女はうっとりと惚けた。


「んっ……、反乱は失敗するわよ。そしたら貴方、殺されちゃうじゃない」


 どうしてリルがそんな事を言うのか、普通であれば訝しむはずだ。しかし、サイードは彼女がそう言う理由を全て知っていた。だからこそ、用があったのだ。

 そして確かにサイードは、反乱軍に利用されるかたちで此処にいるが、何もせず受身でいるわけではない。最大限、最低の準備をし、異世界(ココ)存在(ある)のだ。


「何故失敗すると?」


 そして、利用できるものは全力で利用していく。目的のためならば、それがたとえ自分自身であっても関係なく。


「知りたい? なら――」


「教えてくれたら、いくらでも君を喜ばせてあげるよ?」


 首筋から顔を上げたサイードは、リルが全てを言い終わる前にその口を短く塞ぎ、わざとらしくリップ音をたてながら頬にも口付けた。そうして主導権を持つ。

 ただ唇を合わせただけだというのに、それだけでリルは興奮した。

 とはいっても、サイードがリルを抱くことは出来ない。まあ、もし本当に男であったとしても、彼女を抱こうとは思わないだろう。

 それでもキス一つで利益があるというのなら、相手が虫であろうがサイードはやってのけるだろう。この男はそういう奴なのだ。


「ふふ、意地悪ね。いいわ、教えてあげる」


 馬鹿な(リル)はもう、サイードとの情事にだけしか興味が沸かず、その魅力的な身体を差し出していた。

 そして、必死にその胸に縋って我慢ならないと急かす。

 もし、僅かでも女の膨らみがあればここでバレる危険性もあるのだが、念のためサラシを巻いておけば焦る必要も無いぐらい余裕で安心できる。それを意識的に考えないようにして、サイードはリルの髪に口付けを落とした。

 そのまま再び首筋に軽い刺激を与えている姿は、男女が睦み合うものそのものだ。しかし実際は、堪え切れない嘲笑を隠すためだった。

 その焦らしに耐えかね、リルは考える事すら放棄して言った。


「私はね、陛下に愛されてるの。つまり間者。だから二日後の計画はバレバレなのよ? おかげでたーんとご褒美が頂けたわ」


「へぇ……」


「でも、私は貴方を愛してあげる」


 それが、愚かな女の最後の言葉となった。


「残念でした。……俺の勝ちだ」


 サイードが突然口調を変えたというのに、リルは困惑する暇もなく痛みだけに思考が支配される。首筋で埋まっていた筈の美しい顔は、いつの間にか抱き合う体勢からただの馬乗りに変わり、自分を冷たく見下ろしていた。そこに、感情の一切を映さずに――

 そして、その右手はほんの数秒前まで無かったはずの剣を握っていて、見た事の無い装飾が施されたソレの先を辿っていけば、切っ先は自分の胸の中へと埋まっていた。

 愕然と視線をサイードへ戻そうとする。しかし、その動きは緩慢で気だるさを伴い、それでもやっと求めていた男が視界に映ったとき、その顔はニヤリと歪んだ笑みを浮かべていた。

 それすらも美しいと感じ、そしてリルの視界はシャットアウトする。現実を呑みこむことも出来ず、把握も出来ず、死が彼女を喰らった。



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