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黒の章 第一話 教団

夜明けと言うにはまだ早い暗闇の中。


海の香りが薄っすらと漂うホテルのエントランスに高級輸入車が次々と滑り込んできた。


海外時間に合わせる政府の要人や外国人客の多いこのホテルでは、そう珍しい光景ではなかったが、後部座席から降りてきたVIPたちを見たベルボーイは言葉と血の気を失った。


皆一様に黒いマントを頭から被り、僅かに見える口元の肌は灰のように真っ白で血管が薄っすらと浮かび上がっている。


時折見える窪んだ眼は、ひどく充血しているのか、眼球全体が赤黒く見えた。


ベルボーイはその姿に固唾を飲んだ。


集まった車は13台。


一番最後の車から降りた男はそれまでの12人とは雰囲気がすこし違った。


マントの代わりに真っ黒なスーツ、不自然に大きなサングラスをかけている。


男は車から降り立ちベルボーイを一瞥すると、不敵に口元を歪めながら颯爽とエントランスゲートをくぐった。


彼等は、受付で唖然とするホテルマン達には目もくれず、衣服の擦れる微かな音だけたててロビーを通過してエレベーターに乗り込んだ。


後には僅かにお香のような匂いが残っているだけだった。


男は集団の一番最後を歩きながら、ホテル従業員達の茫然とした視線に優越感にも似た快感が湧き上がってくるのを覚えた。


エレベーターは数十秒で最上階の50階まで上昇し、到着を告げるベルの音は絨毯に吸い込まれてすぐに消えた。


音もなく開いたドアからスルスルと流れ出る一行は、誰に案内されるでもなくフロアの一番奥のドアを目指した。


ドアの前、両側に立っていた女性達が深々とお辞儀をすると、ドアは静かに開いて一行を招き入れた。


壁の照明は数こそあれど、一つ一つがロウソクのように小さな明かりを灯すだけで部屋は薄暗く、中央に円形のテーブルが見えたのは白いクロスが掛かっていたからだ。


何かのロゴマークが各所に編みこまれたクロスは大袈裟に床に垂れ下がり、卓上にはそれぞれ異なる動物を模った燭台が12丁並んでいた。


其々名札のように置かれているらしいが、12人は躊躇なく其々の燭台の前に座った。


何度も繰り返されているのが解る。


恐らくは車の到着から全て、順番になっているだろう。


男は燭台の無い一番手前の席に座ってメンバーを一人づつ目で追った。


蝋燭の炎は彼等の顔を不気味に浮かび上がらせている。


組んだ脚の上で両手を重ね暗闇だけの部屋の奥を見詰めた。


皆が席に着き室内が静まると、燭台を持った女性を両脇に従え、羊の仮面を被った男が部屋の奥からゆっくりとテーブルへ歩いて来た。


仮面の後ろの真っ白な髪は綺麗に整えられ後ろへ靡く様に梳かされている。


一歩づつ静かに近づき、一番奥の山羊を模った燭台の前に座った。


「見ない顔がいるな」


前置きも無く男の口は開かれ、静かな声がその場の空気を掌握した。


「一か月前にクイーンから入会の許可を貰った。参加は今日が初めてだ」


サングラスの男は口元を引き締めて言った。


緊張しているのが周りに伝わる。


「・・・そうか」


仮面の男の低い声は、どういう訳かはっきりと聞こえる。


仮面で口まで覆っているのに、なぜだろう?


サングラスの男の素朴な疑問はすぐに解けた。


「昨日の件はご承知と思うが、娘を取り逃した。なぜだと思う?」


静まり返った部屋の中、その問いに答える者はない。


山羊の男は肘を突いた手を、顔の前で組みながら続ける。


「計画が最終段階にあることを理解していない大馬鹿者か、もしくは己個人の利益を追求した愚か者が、事もあろうに公の場で兵を使った。


これが何を意味するか分からん訳でも無かろう。


これまであらゆる手を使って、しかも高い犠牲を払いながらも秘密裏にしてきた我々の組織が、一気に表沙汰になってしまう」


「慌てる者もいるだろう、現に生命波が切れ始めた者がいると聞く」


山羊から少し離れた席、蛇の燭台の前に座る太った男が声をあげた。


「その焦りが失策を招いたのだ。


責任の所在は明確だが、今はそれを処分しているほどの猶予はない。


早急に、逃走した娘を見つけ出さなければ」


狼の燭台の声が、蛇を嗜めた。


「何をすればいい?」


静寂の後、狼が山羊に訊ねた。


「これが最後の一手だ。娘の居場所は分かっている。全兵力を投入して娘の捕獲に当たるのだ」


「なぜそんなに・・」


「あそこには、迂闊には手が出せないのだよ。


諸君らのような、ただの複製達が何度攻めようが、其処に辿り着けもしないで返り討ちに会うのが関の山だ。


今後の進行計画には一切口を挟むな」


山羊に反論するものは誰一人として居ない。


「必然的に他の件でも兵の使用は禁止だ」


「一寸待ってくれ、A国からの大量の受注も納期が迫っているんだぞ。一体いくらの額が動くと思っているんだ?」


獅子の男が鋭い目を山羊に向ける。


「私は商人ではない、金儲けなら他所でやってくれ」


「・・・」


獅子は何も言い返せない。


「我々の目的は何だ?金か?名誉か?そんな小さな事ではないだろ。


諸君には今一度考えてほしい。


ようやくここまで来たのだ」


「ふん、今度こそ間違いないのだろうな!」


蛇の燭台に照らされた顔は、怒気を隠さない声で言った。


「今までも間違ったわけではない。


『ダークンソウル』の伝播の経路は正しかった。


ただ、最終到達目標ではなかったと言うだけだ。


だが今回は違う。


今までの作業が、ようやく実を結ぶ時が来たのだ」


山羊は冷静を保っていたが、その言葉尻には隠しきれない高揚が見え隠れしていた。


「生命波の理屈は承知しているし、効果も体験しているが、ダークンソウルの適応者を探す方法はまた別だ。


あなたにしか分からないことだから反論は無いが、もう少し安心させてはくれまいか」


ドアに近い象の燭台から、少ししわがれた声が口を挟んだ。


室内に同意する空気が漂う。


「今一度、最後の確認で説明してくれんか?」


象の声は物腰柔らかく、威圧するでも懇願するでも無い。


「構わんが、何度聞いたところで君らには絶対に「それ」を意識する事は出来ない。そのことは承知しておいてくれ」


山羊は低く響く声でゆっくりと、しかし、一語一句が重々しく言葉を続けて、席に座る全ての顔を見渡した。

 

「ダークンソウルとは、老若男女、全ての人間がその魂の中に持つ過去、現在、未来を結ぶ道標だ。


人は生まれながらにして、其々の役目を持ち合わせている。


これは人間だけではない。


生存するもの全てが同じだ。


互いに出会い、何かを想い、感じるだけで、互いのダークンソウルが共鳴し、変化する。


誰かと出会う事で起こる変化。


運命と言う者もいる。


それは既に決まっている出来事。


意識することの無い記憶、生まれる前からの決まり事。


僅かな臭いさえも無く、ただ感じ取るしかない第六感の領域」


「いわゆる勘だろう、我々は絶対的な根拠が欲しいんだ。


眼に見えて分かるような」


鷹の燭台からの声は穏やかではない。


山羊は無言のまま、ゆっくりと眼を向けて鷹を睨みつけ、しばしの部屋の中は音を無くした。


「ここに到って、そのような言葉を聞くとはな。


今まで何を見てきたのだ?貴様はここで何年経つのだ?」


「・・・」


「少し前の連中は皆分かっていたぞ。貴様らは、余りにも現代技術に頼り過ぎているな」


あざ笑うように口元が緩み、声のトーンが一段上がった。


「眼に見えないからこそ、信じるのだ。


その心が必ず、あるべき方向へと導いてくれる。


故に私は存在している」


「・・勿論、我々はあなたを信じている。揺るぎは無い」


象の静かな声が衆を代表して言った。


「今まで膨大な時間とコストを費やしたが、とうとう最後の一手まで詰め寄ったのだ。慎重にならざるを得ない」


山羊は円卓に並ぶ顔を見回して静かな声を響かせた。


「しかし生命波が無いと体が・・既に切れたものはどうすればいい?」


蛇の男の声はさっきとは違い、すがる様だ。


「私の生命波も少なくなってきている、また応急処置を施そう。


娘に近い者ならば、まだ多少は生命波が取れるだろう」


「また処理が難儀だ。先の件で地元の警察も対策本部を作って動き出しているが、どうするんだ?」


「それは私に任せてください」


サングラスの男の声だった。


豹の燭台の明りに照らされた顔は薄っすらと笑みを浮かべている。


「今は娘の確保が最優先だ。組織が大きく改革する時なのだ。多少の犠牲は止むを得ん。


もう後戻りは出来ない。ここが分岐点だと言うことを各自胸に刻み込め」


山羊は席を立ち上がると、テーブルの周りをゆっくりと歩き始めた。


「我々は、今、この時を待ち侘びていたのだ。


逸る気持ちを押さえ込め。


繊細に、そして大胆に行こうではないか。


今までの労力を水泡に帰して闇の奥底へと堕落するか、それとも光り輝く未来永劫を手にするか、最後の審判だ」


暗闇の中から聞こえる山羊の演説に、室内の皆の心が酔いしれた。


「我々はあなたとともに、あなたの光を守る為に」


席に座る者たちが皆で声を合わせる。


山羊は満足そうな笑顔になると、テーブルの周りを回ってドアへと歩いた。


「必要なときはこちらから要請する。暫らくは例の場所で全員待機だ。」


「承知した。だが、もう待てない状態の者も居る。それだけは理解してほしい」


蛇の男は力のない声で言った。


「悪いようにはしない。今まで通り、私を信じろ」


蝋燭の火だけが、お互いの顔を浮かび上がらせる闇の中で、山羊の声が響く。


「もうすぐだ・・もう目の前なんだ」


山羊は呟きながら闇の中に消えて行った。


「もうすぐ・・」



・11月22日07:56

 

次の朝、公彦がいつものように登校すると、校門の前で、数人の先生を囲むように生徒達が集まっていた。


「どうしたんだ?」


生徒の人垣に近づき、たまたま近くに居た2年生に聞いてみた。


「なんか分かんないっすけど、学校に入れないんすよ」


先生が何か話しているが、回りがうるさくて聞き取れない。


校舎内から拡声器を持った高田先生が走ってきて、校門の先生に渡した。


「エー、今日は臨時休校です。みんなは自宅学習だから、このプリントを持って家に帰りなさい」


機械によって少し声色の変わった先生の声がアナウンスすると、集まっていた生徒達は一斉にどよめいた。


公彦は顔をしかめて周りを見ると、下級生の顔もチラホラ見える。


「今日これから、昨日の小火について消防署の方が来て調査します。


此処にある休校のお知らせのプリントを持って家に帰るように」


そう言っている間にも生徒達はどんどん集まってきていて、公彦はいつの間にか人垣の真ん中辺りに居た。


いないのは解っているが、一倉彩香を探してキョロキョロと見回してしまう。


と、下級生の女の子のグループが、ちらちらと公彦を見ながらにじり寄ってきているのが見えた。


文化祭などでよくある光景で、単純に挨拶するだけの子もいれば、良く分からない冗談で勝手に盛り上がってる中に、無理やり巻き込まれる嫌なパターンもある。


公彦は体を反転させて人垣から抜け出た。


「仕方ない、帰ろう」


鞄の肩ベルトを掛け直して、来た道を戻った。


まだ何も知らない生徒達が、公彦の顔を珍しそうに見ながらすれ違っていく。


「ヨぉ、中澤、何処行くんだよ」


クラスメイトで同じサッカー部だった藤村が、必要以上に驚いた顔で声をかけてきた。


「なんか、今日は臨時休校だってよ」


そう言ってプリントをちらりと見せる。


「マジかよ!やった」


藤村は飛び上がって喜びを表現すると、確認もぜずに鞄を翻して、来た道を走って帰っていった。


公彦は、真っ直ぐ家に帰る気分にはなれなかった。


帰っても勉強には手が付かないだろうし、一人でいる家では息が詰まりそうになる。


冷たい風が吹き抜ける川沿いの歩道をフラフラ歩いていると、土手の斜面に座る人影に眼がとまった。


片膝を抱えた格好で、少し長めの髪を風にそよがせ、誰も居ないグランドを見詰めている。


なぜかその人が気になって、歩きながらその背中を見ていたが、その人は特に振り向くこともなく後ろへ過ぎていった。


そういえば此処は一倉と転んだ場所だ、ふと思い出した。


あの時はかっこ悪かった、一倉に悪い事したな、などと思い返す。


最初に一倉彩香を見たのは2年生に進級したときだった。


同じクラスになって初めて知った名前だった。普通より一寸かわいいカナ、とは思ったが特に気になる存在ではなかった。


1学期の終わりにクラス対抗の球技大会があって、男子はソフトボール、女子はバレーボールをそれぞれ行った。


どちらも順位は5クラス中5位、遊びと割り切った公彦たちが、仲間と冗談を言いながら笑い飛ばしている横で、一倉彩香は奥原菜月たちと肩を寄せて固まっていた

藤村がそれを冷やかした時にチラッと見えた泣き顔は、今でも鮮明に覚えている。


眼と鼻を真っ赤にして唇を尖らせながら本気で怒っていた。


女の子の濡れた睫毛は、その時始めて見た。


あれ以来、一倉彩香の涙は見ていないが、どういう訳か気付くと眼で追っていた。


話をしたことも無いのに、徐々に一倉のことが胸の中で大きく、そして重くなっていった。


3年生になる頃には、その気持ちがハッキリと分かった。


こんな気持ちになるのは初めての事だった。


修学旅行では、やたらと近づいて話のキッカケを探したが見つからず、でも写真に一緒に映りたくて、一定の距離を保って行動していた。


一倉にはどういう風に見えていたんだろうか、今更、気になってきた。


見上げた空は見事な秋晴れだった。


いわし雲が空高くに並んでいる。


「あれ?」


振り向くと、さっきまで座っていた人がいなくなっていた。


土手の周りに遮蔽物は何も無いのに、歩いている人の姿がみえない。


グランドにも人影は無い。


しかめ顔になって其処に立ち尽くした。


ふと気配を感じて行く手を見ると、いつの間に追い抜かれたのか、風に揺れる長めの髪の毛が、遊歩道のずっと先を歩いているのが見えた。


「おかしいな、いつの間にあんなトコに」


ハーフコートが風に靡く後姿は、結構背が高そうに見える。


ポケットに手を突っ込んで規則的なリズムで歩いていくその人を、公彦は追いかけて歩いた。


土手を町のほうへ降りて、住宅街へと歩いていく。


その数十歩後ろを壁伝いに歩く。


男の人は途中、塀の上の猫にちょっかいを出して引っ掻かれたが、すぐ何事も無かったように歩きだした。


その驚き方がツボにはまって、笑いを堪えるのが大変だった。


しばらく歩いていくと、湾曲した道路に沿って作られている公園の外構の木々に、姿が見え隠れするようになる。


何度か見え隠れするうちに、突然その姿が見えなくなった

小走りに追いかけると、公園の入り口が広く空間を切り取った。


が、やはり姿は見当たらない。変わりに脇の木陰にいた数人に声をかけられた。


「おい、中澤じゃねーか」


振り向くと、1学年上のサッカー部の先輩だった下田幸一が、友達らしき人達と一緒にミニバイクに腰掛けていた。


「お久しぶりです、先輩」


笑顔は作った。


でもいい思い出の無い人なので、できれば二度と会いたくなかった。


変な好奇心を出さずに家に帰ってれば良かったと、今更後悔する。


朝のこの時間に学校へも行かず、皆お世辞にもセンスが良いとは言えないダボついた私服を着ている。


高校を中退したのかも知れないなと思った。


「こいつも中学の後輩でよ、優等生なんだぜ」


下田は奥の2人に説明しながらタバコを銜える。


「へぇ、イケメンじゃねーの、モテるだろ」


「そうなんだよ、実際モテんだよこいつ」


ちらりと奥の2人の顔を見た。


こちらも学校に通う一般生徒とは程遠い髪型と服装で、タバコをくわえてバイクに寄りかかっている。


「じゃあ、先輩、失礼しま・・」


公彦は足早に去ろうとした。


が、バイクの前に正座している見慣れた制服に眼が止まった。


向こうを向いていたが、それがクラスメイトだと分かるのに時間は掛からなかった。


「藤村!」


顔がこわばる、振り返った藤村の頬は赤く腫れていた。


公彦の眼に力がこもり、それはそのまま下田に移る。


「おめーには関係ねーだろ、チクるんじゃねーぞ」


下田は威嚇するように顔をゆがめて詰め寄ってきた。


しかし、公彦にその威嚇は微塵も効果がなかった。


サッカー部時代は万年補欠で、技術も無く、努力もしない下田を、敬ったり恐れる下級生はいなかった。


それに藤村は優等生ではなかったが嫌いなヤツではない、下田か藤村か、どちらか取れといわれたら選択の余地は無い、間違いなく藤村を取る。


公彦は下田を押し返すようにじっと見詰め返した。


「何だよその眼は、俺に不満でもあンのか?おぉ?」


下田の空威張りに後ろの2人が反応して立ち上がった。


藤村は眉をしかめながら、2人に気付かれない様に口を動かした、何を言いたいのかは分からなかったが、やることは一つだと思った。


下田が公彦の肩を小突いた。


「何とか言えよ、コラ」


考えるより先に手が出た、正確には鞄が出た。


教科書の詰まった重い鞄は鈍い音を立てて下田の左頬にクリーンヒットした。


「てめぇ何してんだコラ!」


奥から2人が唸り声を上げる、頭に血が上ったせいで体が勝手に動いた。


藤村も立ち上がり乱闘が始まった。


・・・・。


15分後、公彦は藤村と一緒に、公園の生垣に寝そべるようにもたれかかっていた。


唇を切って口の中が鉄の味でいっぱいだった、黒い制服が真っ白になるほど殴られ蹴られ、踏みつけられた左手が痺れたままだった。


ゆっくり動かしてみると何とか動く、骨に異常は無いようだ。


横ではより多くやられた藤村が、額を抑えながら俯いている。


「・・・派手にやられたな」


誰かが目の前に立っていた。


太陽を背にしている顔はよく見えないが、ハーフコートを着た男の人が見下ろしていた。


「さっきの・・、見てたのか?」


公彦は陽の光に眼を細めて見上げた。


「ずっと見てたよ、お前は相変わらずだな。昔と全然変わらない」


せせら笑っているような声だ。


「って言うか、あんた誰?どこかで会ったっけ?」


「あぁ、ずーっと前にナ。これを噛んでろ血止めになる」


男はそう言うと、ミントの香りのする小さな葉っぱを差し出した。


公彦は震える手でそれを受け取ると、何も考えず口に放り込んだ。


「今回は良いが、次は必ず逃げろ。いいな」


「次なんて・・」葉っぱを噛みながら自嘲した。


「下田の野郎、頭にくるよな。挨拶が気にいらない、って正座だぜ」


顔を上げた藤村がブツブツ言い始めた。


「でも、丁度良かったよ、ありがとな」


そう言いながら公彦の肩を軽く叩くが、目の前の男には眼もくれない。


気配に気が付かないはずのない距離なのだがまるで気にする風のない藤村に、公彦は顔をしかめた。


「?何だよ、そんなにひどくやられてるか?」


「ん、あぁ、そうじゃなくて・・」


全く気にも留めていない。


公彦が顔を上げると、男はさっきと同じように、コートの裾と髪の毛を風に揺らしながら歩いていってしまった。


それを見送っていると、藤村が覗き込むように言った。


「どうした?何見てんの?」


「え?お前、今の人・・」


「は?何言ってんだよ、誰がいるって?変なトコ殴られたんじゃねーの」


藤村はケタケタと笑った。


あれ?でも、口の中にはしっかりと葉っぱが入っている。


しかもいつの間にか血の味がしない。


「まあ、いいや。もう少し休ませてくれ、まだ動きたくない」


「おれもだよ、何か、頭が混乱してる」


藤村が鼻で笑っている、公彦も力なく笑った。


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