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第五話 雨

・22:41


彩香達が走り去ってから約2時間後、雨は本格的に降っていた。


家の前の通路には野次馬の人だかりができていて、警官たちは黄色いテープでそれを制しながら狭い通路を行き来していた。


無線機越しの気忙しいやり取りが、無機質に廊下に響く。


「何時の犯行だって?」


「二十時ごろです」


「あの後すぐじゃないの、なんて失態だ」


鑑識の答えに小田桐の顔は苦虫を噛んだようになった。


リビングの中、チョークでかたどった康代の体を見て溜め息をつく。


「物取りではないようですが、多少抵抗した形跡がありますね」


馴れた手順で作業道具を片づけながらそう言って部屋を出て行った。


小田桐は重い溜息と一緒に腕時計に目を落とすと二十二時四十三分を指していた。


「先生は来たの?」


「此処には別の方が見えて、もう帰りました」


メモを取っていた刑事が脇で答える。


大井が来ていたとしても、もう帰っている時間だ。


小田桐は舌打ちしてから、改めて部屋の中を見回した。


目茶苦茶に荒らされている。


テレビは倒れ、お茶用の小さな食器棚は中身を吐き出してグラスや皿が床で粉々になっていた。


カーペットに広がる血の染みは、失血のショックを引き起こすのに十分な量だ。


深いため息をつきながら部屋を出て、通路に立つとタバコを取り出そうとしたが溜まる野次馬の視線が気になってやめた。


「ちょっとゴメンなさいよ、はいちょっと失礼」


野次馬を掻き分けて非常階段を降り、踊り場でタバコに火を付ける。



「すみません、刑事さん、おれ二中の・・」


「中澤公彦君、だったね」


振り返りもせずそう言った小田桐に、公彦は眼をぱちくりさせた。


「イカンなぁ、中学生がフラフラしていい時間じゃないよ」


「え?」


「と学校は言うだろ」


くわえタバコのまま冗談とも本気とも取れない笑みを浮かべて振り返る。


「何でここにいるんだ?」


急にトーンの変わった声と眼力に気圧されて、公彦は一瞬言葉に詰まった。


言葉尻が軽くトボけた顔をしてはいるが、その目には幾多の修羅場を乗り越えきた迫力が宿っているように見えた。


「いや、その・・おれ、ちょっと気になってたんで、様子を見に来たんです」


「いつ来たの?」


「学校からそのまま・・」


「ずっと居たのか?」


「はい」


「3時間ぐらい経ってるぞ」


「・・・」


「どこに居た?」


「下の玄関の脇に・・」


「おかしな物音や不審な人を見なかったか?」


公彦は首を振った。


いつの間にか笑みの消えた小田桐はじっと公彦を見据える。


「あの子と何か話したか?玄関で待ってたんだろ?」


「いいえ、一時間位待ってたんですが、どこかのおばさんに変な目で見られて、取り敢えず建物の周りを・・」


「フラフラ歩いてた?それこそ不審者だよ」


「でも!」


「ん?」


「一倉が落ちてきた所は見ました」


「落ちてきた?何処から?君は何処でそれを見たんだ?」


「この下の小さい公園のところに」


公彦は指差して続けた。


「でもアイツ、そのまますぐ走って行って、後を追いかけたんですけど」


「彼女、落ちたんだろ?よく平気で・・・誰か受け止めたのか?」


「いや一人です。落ちたというか、着地したというか・・」


小田桐は顔を顰めて下を覗き込んだ。


暗くて地面は見えないが地面にあたる雨音は、はるか下から聞こえる。


「一倉の家で何があったんですか?一倉のお母さん、どうなったんですか?」


「・・・」


「・・・」


小田桐は押し黙ったままジッと公彦の眼を見た。


それがよほど重圧に感じたのか、中学生のあどけない顔は見る間に固くなり,

大きな音を立てながら喉に唾が落ちた。


「捜査上の機密事項だ。・・が、君とは情報交換てことで特別に教えてやるよ」


「動機や凶器は目下捜査中だが、母親は今とても危険な状態だ」


「危険?そんな・・」


「これからさらに詳しく捜査するが、今の段階では…」


小田桐はふと目を逸らした。


「まさか、あいつを疑ってるんですか!あいつがそんな事するはずが無い・・」


「私もそうであって欲しいよ」


言いながら携帯灰皿でタバコをもみ消していると、胸元の電話が振動した。


めんどくさそうな顔で画面をしばらく見てから、ようやく電話に出る。


「小田桐です。・・・はい・・・今からですか?・・・はい、分かりました、戻ります」


電話を切り、小さくため息をつくと階上を見上げた。


五階の通路のざわめきを確認しながら重く口を開く。


「君にはまた、いろいろ協力してもらうよ」


そう言うと公彦の肩をポンと叩いて階段を下りていった。


公彦は暗い空を見上げてつぶやいた。


「アイツが、そんなことするはずが無い、するわけが無い。おれは知ってるんだ、アイツのこと」



・23:13

 

壁掛けの大きな時計は二十三時を回っていた。


天井の高い本部会議室は、県内各署からの刑事達が集まって張り詰めた空気で満たされていた。


百人はいるだろうか、広い室内の後ろから三列目の席に座っていた小田桐は空気が薄いように感じた。


「では始める。まずは事件の認知から、今までの概略について纏めてくれ」


バーコードのような髪型の本部長の飯塚は、そう言うと園茨を見ながら軽く頷いた。


園茨はすっと立ち上がり、前方に設置されたプロジェクターの隣に進み出ると、捜査員たちの顔を見渡してからゆっくり息を吐き出して説明を始めた。


「今から約四十八時間前、十一月十九日の23:20、泉区内に建設中のグリーンガーデンより人が倒れていると入電がありました。23:25、本署、栗原巡査長が敷地内にて被害者を確認。


同行した救命隊員によりその場にて被害者の死亡が確認されました。


被害者は同区内第5中学校3年生、橋本伊代、十五歳です」


園茨の説明に合わせて、プロジェクターに現場の状況がスライドで数十枚映し出される。


眠そうな目で頬杖を付いていた小田桐はそれを見て眉を寄せた。


「あれ?」


撮影した角度が悪いのかそれともフラッシュの所為か、被害者の頬や首、腕にあったはずの不可解なあざが見えない。


園茨は気にもせず話を続ける。


「詳細は泉署の金田刑事から」


「はい!」


威勢の良い声と共に若い刑事が立ち上がった。


「被害者の住所は泉区緑ヶ丘。両親と弟の4人家族で、家庭に問題は無く、夏まではバスケット部に所属しレギュラーとして活躍する優等生でした。


毎晩遅くまで練習に励み、最後となった地区の大会では準決勝まで進出。ですが引退後は受験の為、青葉町内の学習塾へ週3日通っていました。


事件当日の、塾から帰る20時50分頃までの足取りは確認出来てます」


若い刑事は自分の役目を終えると静かに着席した。


小田桐ははっとしてマイクを持ち直した。


「えぇと、死因についてですが、検視官の大井警視正が現在調査、確認中です。


続いて20日の15:57。県立歴史博物館より入電、同区第2中学校の社会科見学中の女性徒が2名、昏睡状態で発見され区立病院に搬送されました。


しかしながら、検査の結果、両名ともに身体に異常は認められず、数時間の療養後、退院できる状態まで回復し帰宅しました」


室内はこの関連性のない話に、にわかにざわついた。


なので園茨は少し声を大きくして続けた。


「次に21日、昨日の16:10。捜査一課の小田桐課長と浅野警部補が同中学へ赴き、発見者である同校3年生、中澤公彦十五歳と一倉彩香十四歳の2名から事情聴取を実施。彼らの話から、搬送された2名が先のグリーンガーデンの被害者と同じ状態であったとの証言を取りました」


「物証はあるのか?中学生の言ったことを警察が鵜呑みにする訳にはいかんぞ」


管理官席から指摘のような質問があがった。


「有りません・・・だた、この聞き込みの最中に同校の理科準備室で小火が発生。幸いにも火はすぐに消化されましたが、その中から同校生徒、奥原菜月十五歳、平塚美幸十五歳、深井明日香十五歳、野田七海14歳の4名が、煙に巻き込まれた場合とは明らかに異なる状態で発見され、救急車で搬送されました。


現在4名とも区内の中央病院にて治療中ですが。かなり危険な状態です」


管理官たちは、互いに顔を見合わせ小声で何やら話している。


園茨はちらりと一瞥して続ける。


「これも先日のグリーンガーデンの被害少女と同じ状態と考えられます。


またこの時、現場に居合わせたのは、先程の一倉彩香と小田桐課長、それに浅野警部補と後から合流した私ですが、我々4人は煙の中に、一連の事件の犯人と思われる者の存在を発見、凶器携帯を確認したので5発発砲しました。


数メートルの距離でしたし全弾命中したはずですが、確保はできませんでした」


「なぜ逃げられた!?犯人はどんな奴だ?」


叱責のような質問に、室内が大きくざわめいた。


「我々が見た被疑者は、身長約190センチの侍です」


刑事たちはお互いに怪訝な顔を見合わせながらどよめいた。


「甲冑はともかく薙刀のような武器の刃は、現場に残された約50か所の傷跡から見ても殺傷能力が非常に高く、我々も迂闊に近づける状態ではありませんでした」


柳のメガネがプロジェクターの青白い光に反射しているのを一瞥して園茨は続けた。


「火災の煙が室内に充満していたため倒れ込んだ姿の確認はできませんでしたが、現場に血痕は無く、犯人が身に着けていた鎧は防弾性で弾丸はそこにめり込んだものと考えられます」


プロジェクターの画面の前に立ち、スポットライトを浴びたような園茨が目を細める。


「また犯人は、現場から目撃者も無く逃走していることから、周到に脱出ルートを確保していたか、逃走の手助けをした共犯者が居る可能性が高いと思われます」


「何か思い当たる節はあるのか?」


思い出したように発言したのは飯塚だった。


「被害者の共通点はいずれも十四,五歳の少女。人目の極端に少ない場所での犯行ですが、隠蔽工作の跡や暴行の形跡も無く、目的が極めて不明確です。しかし、逆を返せば、我々が気付いていない「何か」一つの目的の為の短略的な犯行とも言えます」


園茨の物おじしない毅然とした態度と流暢な言葉に、その場にいたほぼ全員がその報告に納得したように小田桐は感じた。


「では被害者の共通点を再度洗いなおせと?」


マイクを通した管理官芹沢の低い声が尋ねた。


「もう一つ共通点がある」


「一倉彩香か・・」


柳が手元の資料を見ながら独り言のように言った。


「調書によると8年前の春、母と2人でこの街に転入。父親は9年前に離婚、現在の消息は不明。母親は看護士で区内の総合病院に勤務しています。本人の家庭、学校での生活に目立った問題は無く、ごく普通の中学生です。


しかし、第1被害者とはバスケットの夏の大会で試合しており、一応の面識があった。


第2の博物館からの通報の件では、被害者生徒とは仲がよくなかったとのこと。


そして第3の被害者の中の奥原菜月とは、転入以来の友人だということです。


一連の傷害事件の被害者達とは全て、何らかの係わりがあり、うち2回現場に居合わせ、今回の自宅での事件直後に姿を消しています」


室内が静まり返る。


小田桐は黙って聞いてはいたが、園茨を見眼は冷ややかだ。


「一倉彩香の身柄を確保しろ」


柳恭一の声がマイクを通り、室内に緊張が走った。


「一倉については、逃走と誘拐の両面からの捜査を。また、被害者の身辺調査の他、グリーンガーデン、博物館、第2中学校の事件当時の環境、天候、時間帯をもう一度洗い直し、明日の会議に報告するように。以上!」


芹沢は物静かだが、低く響く声で、しかも有無を言わせない口調で言った。


捜査員達は一斉に立ち上がり足早に部屋を出て行った。


「各班、定時連絡も入れるように」


本部長の飯塚が付け足した言葉は、捜査員達の背中に吸収されるように消えて行った。


バタバタと刑事たちが会議室から出て行くのを横目に、柳と芹沢が園茨に近づいた。


「中々の説得力だな。御見それしたよ」


柳は妙に明るく振舞って言った。


「流石だな、やはり君一人の方が話は早そうだ」


芹沢は方眉を上げるが、園茨は感情の無い眼差しでそれを一瞥すると、無言のまま会議室から出て行った。


その姿を見送る二人の管理官の背中から声がかかる。


「ここに居る間はうちの同僚なんで、余り焚き付けないで貰えませんかね。ピリピリ感がすごいんですよ。男のヒステリーは洒落にならんでしょ?」


芹沢が無表情に振り返る。柳は顔を少し動かしただけだった。


「・・・」「・・・」


「こちらも上手く回したいのでね」


相変わらず気の抜けたような言い回しだが、後ろにいた浅野はドキドキしていた。


柳と芹沢は口元を一緒ん緩めたが、すぐに踵を返してその場を離れていった。


「課長いいんですか?」


少し慌てた浅野が駆け寄ってきた。


「いいんだよ、こっちが何を言おうが連中、気にもしないよ」


浅野はほっとして肩を落とした。


「頼んでおいた資料は?」

「これです」


浅野は手に持っていたファイルを手渡した。


「ありがとさん。んじゃ俺らは別ルートで当たってみようか」


小田桐は受け取ったファイルで浅野の肩を叩き、ドアに向かった。


「別ルートって?何処へ行くんですか?」


追いかける浅野を振り向きもせず、付いて来い、と人差し指をピコピコ動かして呼んだ。

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