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into the light  1  約束の場所

 彩香が目を開けると、見渡す限り真っ白な世界だった。

 

「あれ?」


左右を見ても何も見えない。


瞼を力いっぱい強く閉じてから、大きな眼を開いた。


すると今度は真っ白な中にも、何かが動いているのが判った。


 頬に生暖かい風が当たり、おでこの前髪がさらりと流れる。


 おぼろげな景色が、一面の白の中からその像を整え始めた。


 真っ白な薄手の生地が波打っている。


斜めから刺す光は、陽の光だった。


「保健室だ・・」


 彩香は自分がパイプベッドの上に座っていることに気が付いた。


周りの四面すべてが天井から下がるカーテンに仕切られている。


「?なんか変だな」


膝にかかっている毛布を払いのけて、上履きも履かずにカーテンを開いた。


 スチールの棚の向こうに岡野の机が見えた。


「先生!岡野先生!」


 数歩踏み出すと、棚の向こうに岡野のイスが無造作に置いてあるのが見えた。しかし、岡野の姿はそこには無い。


「・・・・」


 見慣れているはずの保健室が、何か別のものに見える。


何かが違うのだ。


それが何だかわかる前に、カリカリッ、と耳障りな音が背後から聞こえてきた。


彩香の居たベッドの隣から、その音は聞こえてきていた。


 カーテンで仕切られているので中は見えないが、誰かが居るのは気配でわかった。


 綾香はゆっくりとカーテンに近づいた。


息がかかる位までカーテンに寄ると、耳障りなその音がピタリと止まった。


彩香はゆっくりと薄手のカーテンに手を伸ばした。


「開けない方がいい」


 聞き覚えのある声だ。


少し低めの、懐かしい響きだ。


「俺の姿を見ると、元の世界には戻れなくなるぞ」


「此処で何をしてるの?レイ兄ちゃん」


「・・・」


 微かに落花生の匂いが漂っている。


「ピーナッツ食べてるの?」


「好きなんだ」


「ここは・・保健室じゃないんでしょ?」


「そうだよ。君が落ち着く所のイメージで作った。まぁ余り気にしないで。本来、君たちの来る所じゃないんだ」


「あなたは、誰?」


「・・・」


「私の知ってるレイ兄ちゃんじゃないの?」


「正確に言うと違う。でも、以前から、俺は君を知ってるし、君も俺を知ってる。これは事実だ」


「全然意味が解らない。けど、少なくても私は人間で、あなたはそれ以外なんでしょ?」


「半分・・正解」


「あなたは天使?それとも悪魔?」


「この世界には天使も悪魔も存在しない。

それは人間が勝手に自分たちの都合で作り上げた偶像に過ぎないんだよ。

俺は物事の流れを管理するモノ。

君たちに始まりの時と、還る時を教え、導くのが役目。

皆それぞれ違った状況で俺と会うから、場合によっては悪魔に、そして時には天使にも見えるんだろうね」


 そう言ってから、レイジはまた落花生を頬張ったようだ。


またカリカリと音がしてきた。


「・・・天使も悪魔もいない。じゃあ神様も本当はいないの?」


「神は存在する」


「逢えるの?」


「それを思い出せないのは、君がまだ此処に来るべきじゃないからだ」


「どういう意味?」


 レイジの声の変化に、彩香は不安になった。


「神は君らの全体だ。

今は君という細分化した個になってはいるが、還るところは皆一緒。

全体としての神になる。

言い換えれば、俺は君たちの使いなんだよ」


「はぁ?私が神様?」


「君だけじゃなくて、皆だよ」


 彩香はカーテンの向こうに動く薄い影を、眼を凝らして見詰めた。


続く言葉が出てこない。


 落花生をかじりながらレイジは続けた。


「あいつは知っていた」


「誰?公彦君?」


「違う違う、倉賀野。

前世での君の父親。

彼は少しばかり、他の人より長いこと還ってない。

彼の希望も有ったけど、俺達は彼の意見を参考に、これからの管理の在り方を検討する必要がある。

人間には一寸甘すぎたようだ。

他の奴らは皆必死だぞ。

体が小さくなればなる程な」


「他の皆?そういえば岡野先生は?それに公彦君はどうしたの?」


「・・・」


「さっきまで一緒に居て、あれ?私落ちたんじゃ・・まさか」


 彩香の視線はソワソワと宙をさまよった。


カーテンの向こうの陰は、ジッと黙っている。


「私・・・死んだの?」


 唇を噛み締めるように一言ずつ、絞り出した声で訊いてみた。


「そう悲観する事はない」


「・・う、う」


 彩香は顔をしわくちゃにしながら、目を閉じ俯いた。


「ジンが、少しばかり戻したよ」


「戻す?何を?」


 ハッとして上げた彩香の顔は、まるで小さな子が必死に涙をこらえているような、そんな顔だった。


「君はデジャヴを知ってるよな。あれはジンの仕業なんだ」


「ジンって、あの車運転してた人でしょ」


「そう。ヤツも俺と同じ、役目を持って存在している。

でも俺とは違う役目で、ヤツは時間を管理してんだ」


 レイジはせせら笑いながら言った。


「人間が大きな間違いを犯したとき、ヤツが時間を戻して、俺がやり直しさせる。

過去何度かしてきた事だけど。

今回もまたそれをやっちまったんだよ」


 彩香は信じられないと言うように眉間に皺を寄せ、首を振った。


「でも、まれに、やり直す前の記憶が残ってる人間が居る。

その記憶がオーバーラップしてデジャヴになるんだ」


「私は夢を見ているんだ。・・そうに違いない」


 彩香は胸に手を押し当てて、何度か深呼吸しながら呟いた。


「大丈夫だよ。この会話は君の記憶には残らないから」


「本物の・・レイ兄ちゃん、いやエイジ兄ちゃんは何処にいるの?」


「さぁ?会いたければ自分で探すんだな。さて、そろそろ行かなくちゃ」


 レイジは手を叩き落花生のカスを落としながら、ベッドから起き上がったようだ。


ゆっくりと彩香に向かって近付き、カーテンを跳ね上げた。


 一瞬、不敵に笑っているレイジが見えた。


 彩香は思わず眼を閉じて肩を竦めた。


フワリと軟らかい風が頬を通り過ぎていく。


彩香はハッとして辺りを見回した。


「勘違いするなよ、俺達は見ているだけで手は出さない。

自分のことは自分で決めな」


 何処からとも無く声だけが聞こえる。


「一寸、待ってよ、どうなってるの?私はどうなるの?」


 辺りが再び白く霞み始めている。


窓の外の校庭が薄くなって白く消えていく、窓が消え、すぐ目の前のベッドまでが薄くなり始めた。


まるで風に流される砂のように音も無く、消えるのが当たり前のように形を消していく。


奴らは倉賀野の特性を誤解していたんだな。


 空気を揺らす音としてではなく、直接鼓膜の内側に入ってくる声は、彩香の問いに答えるのではなく独り言のように聞こえた。


―不老不死。


―確かにそうだが、相応の代償はあるわけだしね。


―さぁ闇の魂の諸君、君たちは帰る時が来た。


―我々との契約は今日までだ、約束どおり寿命を貰い受ける。


―人は皆、夢の中で俺と約束しただろ?。


―こちらは君らの望むものを与える代わりにその対価をいただく。


―欲望のバランスをとるのも大変なんだよ。


―今回は本当に特別プレゼントなんだからな。


-大事に使ってくれよ。


―今度君に会うのは・・おっと、これは言っちゃいけないんだ。


―またその時まで・・・じゃあ、飛べ」


「え?飛べ?ってまた!」


窓の消えかけた所から眩しく輝くオレンジ色の光が差し込んで彩香を照らした。


目を細めてよく見ると、窓脇の外にオレンジ色と紫色が混ざる大きな空が広がっている。


「あれ、この空は・・」


 彩香は走った。


窓枠に足を架けて勢いに任せて飛び出した。


「やっ!」


 いつか感じた浮遊感に包まれる。


 いつか見た空の色。


 全身を包む懐かしい匂。


気が付くと彩香は空の中で体全体に風を感じていた。


「また空を飛んでる・・気持ちいい」


と思った次の瞬間。


全身にのしかかるような重力を感じた。


「うわ!」


彩香は反射的に目を閉じる。


落下する感覚の直後、背中全体を思いっきり叩かれたような衝撃が走り、数秒間息が出来なくなる程の痛みに襲われた。


同時に、周りの空気が急速に変化して音が耳に流れ込んできた。


凝縮されていた音が一気に解放された感じだ。


「いったーい・・」


激痛とは裏腹に、さわやかな風が頬をかすめ、草のニオイが鼻腔を突く。


ゆっくりと目を開けると、小さなイワシ雲が微かに東に流れていく。


 誰かの駆け寄る足音が聞こえてきた。


「大丈夫か?」


 声のする方にゆっくり視線を動かすと、見慣れた顔が心配そうに覗き込んできた。


「ごめん一倉、大丈夫か?」


 公彦がそう言いながら手を伸ばす。


「あれ?」


 彩香は跳ね起きた。


「ちょっと、何やってんの!大丈夫?」


 遠くから菜月の声も聞こえてきた。


土手の上から駆け寄る菜月の顔を見て、彩香は涙が出そうになりながらも満面の笑顔になった。


 横から覗き込む公彦の心配そうな顔は、彩香の瞳に涙が滲んでいるのに気が付くと慌てふためいて両手を差し出した。


「ホントごめん、立てるか?」


彩香はその慌て振りに小さく吹き出すと、ニコリと頷いてから公彦の手に自分の手を重ねた。


「あちゃー、私、邪魔者だよ」


菜月が口を押さえて苦笑いしている。


彩香の瞳の中、公彦のホッとした顔が映る。


彩香はなぜかくすぐったい気持ちになった。


 ホッとした様に微笑む公彦の上に果てしなく広がる空。


浮かぶ雲たちの中ひとつだけ輝くように夕陽を受けた雲が、何も言わずに三人を見下ろしながら流れて行った。


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