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into the light  2 ジャンプ

 二人の足音が離れていくのを確認すると、倉賀野はゆっくりと窓際に向かって歩き出した。 

 

振動する度に天井からは砂のような埃がパラパラと落ちてくる。


 窓際に柳の体が横たわっている。


瞼を開けたまま、その見開いた瞳はただ一点、何も無い天井だけを映していた。


 動かない柳を踏まないように倉賀野は歩く軌道を少しずらして進んだ。


「さあ、還ろうか」


床から天井までの大きなガラスに、薄っすらと自分が映る。


その影の向こうの空は、僅かに漆黒から濃紺へと変わりつつあった。


深い溜息を一つついてから静かに瞼を閉じる。


「正直、心配だった。この百年で全てが変わったようにも感じていた。

しかし、あの子は、私の娘の魂は変わっていなかった。

あの瞳に映るもの全てが、悲しみにならない事を・・」


 噛み締めるように呟いてから再び目を開け、窓の外の蒼くなりつつある空を見上げた。


「後は頼むよ・・・・・霊司」


 階段を駆け下りる2人の頭上に、今までで一番大きな爆発が爆風とともに迫ってきた。


衝撃で二人は揃って踊り場に転がり落ちる。


あたり一面、埃で真っ白になり互いの姿を見るのがやっとだった。


「一倉!大丈夫か?」


「う・・平気・・かな?」


「あきらめるな。一緒に帰るんだ」


階段室内に吹き荒れる爆風が収まるのを見計らって公彦は立ち上がった。


 下から大勢の人の悲鳴にも似た声が、吹き上げてくる熱風に乗ってきた。


公彦は彩香の肩に手をまわして抱き上げた。


手すりの隙間から下を覗くと時折真っ赤な炎がちらつく。


 立ち上がる二人の脳裏に階下の惨事がよぎる。


「俺がついてる、安心しろ」


励ますつもりなのだろうが、そう言う公彦の手と膝が震えていることに彩香は気付いていた。


「うん、一緒に帰ろう」


言い終えるが早いか、雷のような何かの避ける音が2人の頭上から足元にかけて走った。


目の前の壁に稲妻のような亀裂が走る。


 二人は階段にうずくまった。


「だめだ!」


 階段を囲っていた壁が雪崩れの如く崩れ落ちて、その向こうに青紫色の空が広がった。


 彩香はあっけに取られて、その様子を見つめた。


どんなに大規模な建築物でも、その強度に絶対は無いのだと見せ付けられた瞬間だった。


それから鉄製の非常階段が振動でビリビリと震え出すまでに1分かからなかった。

 

足元が水平を失う。


階段が鉄特有の軋み音を上げながらグニャリと歪んで曲がった。


 公彦は咄嗟に手を伸ばし、辛くも手すりにしがみ付いた。


目の前の壁が轟音とともに剥がれて落ちていく。


同時に彩香は、歪んだ階段に足を滑らせて落ちそうになったが、反射的に伸ばした公彦の手が彩香の腕を掴んだ。


「一倉!」


足元が崩れ落ちて、彩香の体重を支えるのは公彦の腕だけになった。


階段は瓦礫のような断片だけが残り、それもいつ剥がれ落ちるかわからない状態だ。


階段室の壁は上下数階分が、先ほどの爆風で吹き飛ばされていた。


かろうじて残っている階段の一部に足を掛けて、木の枝のように不規則に突き出している手すりに必死にしがみ付く。


しかし、地上150mに吹き荒れる冷たい突風は容赦なく肌を刺し、無情にも公彦の体力を奪っていく。


 腕を絡めて、僅かな足場を見つけ出し、彩香は公彦に抱きついた。


「あきらめるな!一倉!必ず俺が助けるから」


耳元で懸命に叫ぶ公彦の声が、唸りを上げる風の中で彩香を励まし続ける。


はるか眼下に警察車両と自衛隊が回転灯を回しているのがミニカーよりも小さく見えた。


 辺りは明るくなり始めていた。


「絶対に諦めるなよ」


公彦は自分に言い聞かせるように言った。


 風に晒されながら、彩香は目を閉じて公彦の気持ちに感謝した。


そして再び目を開けると、白く輝く東の空が見えた。


風の音が耳の周りで唸り続けている。周波数の高い切り裂き音が体を被う。


 数m下に、辛うじて崩れていない階段ホールの壁が見える。


其処へ降りれば中へ入れそうだ。


 彩香は公彦の負担を少しでも減らそうと、背中の壁を探り、僅かに残っている手すりを掴んだ。


しかし、部分的に残っている階段は原型を留めているものは無く、掴んでいるだけでも危うい。


ゆっくり昇ってくる太陽を迎える上空の風は、その乱舞を徐々に激しくしていく。

 

公彦は間断なく続く突風の激しい音の中に、機械的な音も混ざっていることに気がついた。


その音は段々上から近づき、彩香たちの目の前に下りてきた。


「上から梯子を垂らす!がんばるんだ」


拡声器からの声が聞こえた。


眼の前に園茨を乗せたヘリが近づいていた。


「何とか持ちこたえてくれ。あきらめるな」


 彩香たちはヘリのローターが巻き起こす風に突き動かされた。


「だめだ離れろ!もう少し2人から離れるんだ」


園茨はパイロットに向かって叫ぶ。


 ヘリはビルから少し離れて、園茨はロープ銃の照準を二人の少し上に付けた。


「あと30秒頑張れ!」


園茨の声に、二人は目を細めて振り向いた。


 あと少しだ。


そう思いながら、公彦の腕から感覚が無くなっていく。


「ごめん一倉・・間に合わない」


彩香は小さく頷いた。


「ありがと」


諦めではなく、此処まで一緒に来てくれたことに感謝する声だった。


「でも、一緒だ・・」


公彦はニッコリと笑って、掴まっていた手すりから手を離した。


 二人の体が宙に舞った。


園茨は悲鳴のような叫び声を上げていた。


自分の無力さを嘆くような、聞く者までも胸が張り裂けるような声だった。


「お父さん・・お母さん・・」


 彩香の心にその言葉がめぐった。


ビルの階段が急速に離れていく。


蒼と黒の綺麗なグラデーションカラーの空が、残骸のようなビルの上に遠くなっていく。


「あれは・・」


彩香は見上げた空の中に何かを見た。


 崩れ落ちるビルの破片と一緒に落ちて行く彩香たちの他に、ビルの屋上の更にその上から誰かが落ちてくる。


 その姿は園茨やヘリのパイロットも見ていた。


 黒いハーフコートを着た青年。


真っ直ぐに彩香たちに向かって、飛ぶように落ちてくる。


「レイ兄ちゃん?」


落ちてくる彩香たちに追い付くべく、重力加速度以上のスピードで近づいてくる。


崩壊するビルの窓に取り付けられていたレースのカーテンが、その肩にまとわり付いて暴れる。


レイジの着ている黒い服は、全てその白に覆われ、はためく裾はまるで鳥の羽のように広がった。


「な・・に?」


 それに気付いた公彦は搾り出すように言った。


「天使・・か?」


園茨は愕然としながらその光景に見入っていた。


 飛び散る破片と一緒になって良く見えないが、その天使は彩香と公彦を抱きかかえると、落下速度を急激に緩めた。


まるで空を舞うように、蒼色の中を悠然と翔んでいる。


周りの落下は彼らを避けて落ちていくようだった。


「やっぱりレイ兄ちゃんだ」


彩香を見つめるその顔は、全てを許すような優しさに溢れた瞳と、穏やかに緩んだ顔だった。


風に煽られる白い布が、公彦と園茨には天使の羽に見えた。


 その白い色は徐々に輝きを増し、やがて視界の中全てを白一色に染めていった。


   そして全ての感覚が無くなった。




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