into the light 4 崩壊
4回目の轟音の後、建物全体が大きく揺れ始めた。
「どうやら終わりの時が来た。よくもここまで来たものだ」
倉賀野は彩香を抱きしめたまま、深く吸い込んだ息を吐き出した。
「私の特質に気が付き、我が物にせんとする輩が現れては消えていった。人間の究極の欲望、不老不死を手に入れる為には、平気で他人を蹴落とす。私はそんな連中に囲まれ続けて、目的を見失うところだった。」
言いながら倉賀野は視線を上げた。
「今夜、此処に集まる。もう全員集まった頃だ。私のこの秘密を知る全ての人間、全てを終わらせる為に、このビルごと消滅させる」
彩香はこの振動が何であるのか、瞬時に理解した。
「そんな・・」
大きな眼の中に、ある種の絶望が色付いた。
この高層ビルが崩壊を始めるのだ。
後ろのドアから焦げたような匂いが漂ってきた。
下の階から煙が昇ってくる。
爆発による火災が起きたのだろう。
間を置かず非情ベルが鳴り出した。
倉賀野は穏やかな目で彩香を見下ろし、ゆっくりと左手を彩香にかざした。
「お父さ・・」
次の瞬間、足元がフワッと床を離れ、彩香は後ろへ吹き飛ばされた。
部屋のドアが開き、背中から廊下に叩きつけられたが、衝撃や痛みは全く無かった。
彩香は転がりながら廊下の壁に倒れこむ。
倉賀野は部屋の入り口を塞ぐ様に立って言った。
「私の願いは叶えられた。もう約束の時間だ」
「何で?お父さん、一緒に行くんでしょ?」
倉賀野の顔を見詰めながら言った声はすべてを予測して震えていた。
「ありがとう。その言葉は何よりの土産だ」
倉賀野のくぼんだ瞳は再び潤んで輝いた。
期待以上の喜びに満足した顔だ。
人はこんなにも優しく誰かを見つめることが出来るのだと。
そして倉賀野は首を振った。
「私は行けない。もう、そこまで迎えが来ている」
「何で!いやだよ、一緒に行こうよ!」
倉賀野はドアに手をかけ、最後に何か言っていたが、すぐそばに迫った振動と共鳴音で彩香には聞き取れなかった。
唯一最後の一言だけが口の動きでなんとなく理解できた。
「シアワセニ・・」
勢いよくドアが閉まる。
「お父さん!」
飛び上がって殴るようにドアを叩くが、ビル全体のきしむ地響きの音がそれを掻き消した。
彩香はドアにすがり、自分でも気付かないうちに大きな瞳から大粒の涙を流していた。
「お父さん!お父さん!」
喉が張り裂ける程、大きな声で呼び続ける。
廊下の照明が点滅し、天井が所どころ剥がれ落ちてきたが彩香は泣き崩れて、力なくその場に座り込んだ。
「もう・・いやだ。もう・・誰とも別れたくないよ・・」
ビルの振動は徐々に大きくなる。
壁に亀裂が入り、その黒い線はバキバキッという音と共に、その数を急速に増やしていく。
「・・くら・・」
遠くで誰かが叫んでいるような気がして、彩香は膝に埋めていた顔を上げた。
「・・ちくら!・・一倉!」
煙の中、公彦が駆けて来た。