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into the light  5 再会

 倉賀野は静かに立ち上がると、向き直って彩香を見つめた。


「・・・」


 片足を引き摺り、肩で息をしながらゆっくりと近付いてくる。


胸を撃たれたらしく、押さえた手の下から黒い血が染み出す。


 彩香は握りしめた拳銃を倉賀野の額に向けた。


「・・・」


 しっかりと倉賀野をにらみつけるが、声が出ない。


「ついに、この時が来た」


 低い声が彩香の耳に響いた。


 自分でも気が付いていないのか、倉賀野の口元が緩んでいく。


「来ないで」


ようやく出た声は、唇を出るとすぐに霧散していく。


「すまなかった・・」


「え・・」


「この男の言ったことは、大方その通りだ、私はこの瞬間のために今日まで生きてきた、なんとも長い年月だった・・」


「・・・まさ、か」


 彩香は首を振った。


「ずっと探していた・・お前だけを」


 その瞬間、彩香の頭の中に老人から聞かされた昔話が甦った。


あの山の風景、あの古い建物、見たことは無いと思っていた風景が、瞬くフラッシュのように記憶の底から吹き出してきた。


 頭の中で全ての画像がつながった。


 全ての記憶が繋がった。


遥か遠い昔、それは、生まれてくるずっと以前の事。


 両手に構えていた拳銃が、指をすり抜けて床に落ちた。


片足を引きずりながら近づいてくる倉賀野の顔が窓からの僅かな明りに照らされる。


その顔は穏やかな表情になっていた。


長年に渡り想いの蓄積された言葉が、詰まりながらも今夜ようやく形になった。


「長い時間だった・・この瞬間の為に、私はここまで来たのだ・・あの時、あの約束を守っていれば・・小夜・・随分と辛い目に逢わせてしまった・・すまなかった」


倉賀野の目から、静かに、淡い光を放つ涙が零れ落ちた。


暗闇の中、それは僅かな光に反射してはっきりと見て取れた。


 彩香の体は硬直して動かない。


全身が痺れたようにビリッとしたかと思うと、体中から湯気が立ち上ってきた。


同時に懐かしい感情と匂いが甦り、喉の奥に熱いものがこみ上げてくるを感じた。


 確かに思い出した。


遥か遠い記憶の中に、確かにこの人は存在した。


暖かく穏やかな気持ちが胸の中を満たしていく。


間違いなく家族との間にしか存在しえない感情。


康代にも在ったから解かる。


記憶の中だけだった父親が、今、目の前に現れたのだ。


待ち侘びた家族に会えた感情が、こんなにまで気持ちを高ぶらせるとは夢にも思わなかったし、想像もしなかった。


 言葉にしたい想いは山程あるのに、何一つ言葉にならない。


代わりに、暖かい涙が大きな眼から溢れて落ちる。


彩香は必死になって涙を堪えたが、しゃくりあげる度に大粒の涙が零れ落ちた。


 互いに見つめあい、それ以上近づくことも、離れることも無く、静かな時間が二人の間を流れた。


「今、この目の前に居るお前は、本当にあの時の生まれ変わりなんだな。辛い日々だったが、これで全てが報われた。ようやく長過ぎた旅が終わる。こんなに嬉しいことは無い」


倉賀野はそれ以上何も言わなかった。


 言葉は要らなかった。


お互いの息使いを感じ、ただ愛しく見詰め合った。


それで充分だった。


「お父さん・・?」


 近付いたのは彩香の方だった。


「何でこんなことに?」


 倉賀野の肩がゆっくり下がり、膝が崩れる。


「・・・」


「どうして?」


 彩香は下唇を突き出し、顎をしわくちゃにしながら手を伸ばした。


倉賀野はゆっくりと、怖がらせないようにゆっくりと両手を伸ばして覆いかぶさるように彩香を抱きかかえた。


「あれから400年余り、ようやくお前をこの手に・・もう思い残すことは何も無い」


「うぅ・・お父さん・・お父さん!」


身体の芯がしびれるような暖かい感覚、自然に声を上げて泣いていた。


「すまなかった・・あれからずっとそれだけを・・今日まで」


倉賀野の懐は暖かく、とても穏やかだった。


彩香は涙が止まらなかった。


忘れかけていた、とても大切な気持ちを思い出した。


ずっとそうしていたかった。


しかし、遠くで地響きのような音がしたかと思うと、その直後、足元がビリビリと振動した。


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