Abend 第8幕 園茨と詩織
ヘリのコントロールパネルの中の警告ランプが、けたたましい音を立てて鳴り響いた。
「何だ?」
「警視、ヘリを乗り換えてください。燃料がありません。15分ほどで3号機が来ますので、一旦着地します」
パイロットはそう言うと、園茨の返事も聞かずに降下して地面に着陸した。
スライドドアから飛び降りると、ヘリはすぐに上昇して夜空の中へと消えていった。
園茨はそれを忌々しく見上げて舌打ちした。
「15分の間に何かあったら、アイツをクビにしてやる」
少し離れた地下駐車場の入り口では、パトカーが陣を組んでいる。
辺りをせわしく走る警官達は、突入の指示を待って体勢を整えていた。
先行した各班からの連絡がことごとく途絶える中、待機している警官達からも不安と恐怖に慄く空気が染み出していた。
離れた場所からそれを見ていた園茨は、ふと誰かに呼ばれた気がして広い敷地の暗闇に眼を向けた。
遠くにぼんやりと光る外灯が見える。
歩行者用の地下駐車場への出入り口だった。
園茨は誘われるように其処へ走った。
敷地の端、北西角の3番階段、幅の広い階段の照明は付いていたが人影は無い。
「この感じは、まさか」
園茨は顔をしかめて階段を駆け下りた。
地下3階まで一気に駆け下りると、場内への扉の前で体が硬直した。
ドアの前、壁にもたれかかりながら、長い髪が首を擡げた芦土詩織がそこに居た。
「大丈夫か?」
園茨は駆け寄って詩織の肩をゆすった。
詩織は虚ろな視線で顔を上げ、力なく微笑んだ。
「やはり、来てしまったのね」
「当然だ、守ると約束した」
園茨は高まる興奮を抑えて冷静を装った。
「ありがとう、とってもうれしい。だけど、早くここから逃げて」
「あなたも一緒だ」
詩織は目を伏せて唇を緩めた。
「あなたのそういう所、嫌いじゃないわ。でも、一緒には行けない。さよならが言えるだけ、私はツイてるのかも」
「・・まだ早い」
「よく聴いて、此処には大量の爆薬が仕掛けられているの、この大きなビルを、塵に変える程の量が」
詩織は途切れる声で言った。
「組織は分裂した。倉賀野の親派と、倉賀野の秘密を突き止めた革新派とで決裂してしまった。もう元には戻れない。倉賀野は此処で皆を消去して、全てを無かったことにするつもり。私も用済みになった、だから此処で一緒に消える」
「奴らを捕まえるのはもう時間の問題だ。勝手に消えさせない」
園茨は詩織の腕を掴んで引き起こそうとした。が、詩織の体は異常に重くピクリとも動かせない。
「なんだ?」
「あなたなら分かるでしょ、私は倉賀野に作られた一人、彼がいなければ生き続けることはできない」
詩織は園茨を見詰めて、今にも泣き出しそうな顔になった。
遠くでマシンガンの銃声が聞こえ、続いて数人の悲鳴と地鳴りのような爆発音が響いてきた。
ようやく到着した自衛隊が、交戦を始めたのだ。
「終焉の時が来たようね」
呟くように詩織が言った。
「もう誰にも止められない、あなたは早く行って」
園茨は詩織の僅かな変化を見逃さなかった。
「分かるでしょ?これでも女なのよ。あなたに、私の最後を見せたくないの」
言いながら詩織の顔はゆっくりと縮み始めた。
肌の色が変わり、しわが増えていく。
美しかった顔が見る間にその面影を消して行く。
「・・分かった」
園茨は唇をかみ締めて立ち上がると、背を向けた。
「・・・もう少し早く、あなたに逢いたかった」
詩織の擦れる声と共に衣服が壁を擦る音が聞こえた。
彼女が倒れていくのが分かった。
「いずれ、また、必ず逢おう」
そう言って園茨は走り出した。
振り向かず、通路を走る。
階段を駆け上がり外へ出ると辺りが白く照らし出され、爆音とともに凄まじい風が巻き起こった。
上空からの眩い光を眼を細めて見上げると、3号機が着陸しようとしていた。
スーツやズボンの裾が風にめくれあがる。
園茨は両手で風を凌ぎながらヘリに駆け寄り、機体側面のスライドドアから飛び乗った。
ドアに手を掛けた時、ちらりと見えた腕時計は4時を少し回っていた。
園茨はシートに体を投げ込み、ヘッドフォンを被るとパイロットに指示した。
「最上階へ!」