Abend 第5幕
グリーンガーデン
セダンは高速道路を降りても速度を緩めなかった。
片側3車線の広い幹線道路を規制速度の倍以上のスピードで走り続ける。
「県警53から本部、小田桐だ、誘拐犯を追跡し泉区7号線を北上中、SITの出動を要請する」
小田桐たちは目的地を確かめる為、公然と違法性を確認する為、距離を空けて追跡を続けていた。
「課長・・気づいてましたか?」
「あぁ、さっきな、何なんだこれは?」
いつの間にか、同じような黒光りする高級セダンに周りを囲まれていた。
その数は10台や20台ではない。
小田桐たち3台のパトカーがすっかり取り囲まれてしまう程の数だ。
まるで柳たちの車を守るように囲んで走る。
見覚えのある交差点を激しい㋜キール音を立てながら、車列が順に曲がっていくと、目の前に異様な雰囲気でライトアップされた背の高いビルが夜空を突き刺していた。
「ここか・・やはりと言うべきか」
小田桐が呟く。
そこは第一被害者が発見された高層ビルの建設現場だった。
「グリーンガーデンだ、至急応援を寄越してくれ」
高い壁に囲まれた工事現場の出入り口を尋常でない物凄い勢いで通り抜け、高級車達はビルの敷地内に飛び込んでいく。
数十台の高級車が群れを成して流れ込み、地下駐車場へ吸い込まれるように流れ込んでいく。
小田桐達は少し離れた現場事務所のプレハブの陰に車を止め、ビルの様子を遠巻きに伺った。
「各自、拳銃と防弾チョッキを確認しろ!」
小田桐はビルを見上げたまま、短く低い声で指示した。
要請から五分と掛からずに、応援の一団が駆けつけ、次々と現場に雪崩れ込んで来た。
地下駐車場の入り口を数十台のパトカーが隙間無く包囲する。
上空にはヘリの数も増えて、サーチライトでビルを照らし出した。
少し遅れて特殊捜査班の大型トレーラーが到着すると、現場は一気に騒然となった。
「人質の救出が最優先だ、連中はおかしな武器を持っている、迂闊に近付かず指示を待て」
小田桐は吹き始めた強風に煽られながら、集まった隊員達にマイク越しに叫んだ。
迅速に5人ずつのグループを作り、順次ビル内へと走る。
小田桐は先頭のグループに帯同して走った。
内部は明り一つ無い漆黒の暗闇だ。
警官隊の持つ照度の高い懐中電灯の光が、あちこちに向きを散らしながら奥へと進んでいく。
「あれだけの数が入ったのに、何だこの静けさは」
小田桐たちは、うろ覚えの通路を仮設エレベーターへと小走りに向かった。
静まり返った館内は、その足音の他は何も聞こえない。
手探りに近い状態で、ようやくエレベーターの前で止まり、この前乗った籠を確認しようとライトを充てた。が、予想通り籠は無く操作パネルも作動しない。
「階段か、何階まであるんだっけな」
小田桐がそう言って非常階段への扉を開けようとすると、奥からモーターの動く振動音が聞こえてきた。
「課長、後方の2班がエレベーターを確認しました」
隊員の一人が無線機を片手に知らせた。
「本当か?ついこの前までは動かなかったんだけどな」
「浅野巡査部長の班が、それで上に行きます」
「・・ちょっと待て、何かおかしい、止めろ!」
「分かりました」
返事を聞くが早いか、辺りの壁を揺るがす程のドーンという爆発音が響いてきた。
続いて何かが落ちる音と振動が伝わる。
何か大きなものが落下したのだ。
隊員達は音の方を見たまま言葉を失った。
「2号エレベーターが墜落した模様、上の階で爆発があったようです」
「全員階段を上がる、続け」
非常口の重いドアを押し開けて、踊り場と段数の多い階段を小田桐達は駆け上がった。
6階の扉を横目で見ながら通過すると、そのすぐ先の踊り場に瓦礫が横たわっていた。
階段の材料自体がむしり取られた様に、歪に折れ曲がりバリケードを作っていて通れなくなっている。
中央に開いた隙間から、小田桐は顔を出して上を覗くと、其処から上の階段が見えない。
暗いからではなく、階段が無いのだと気が付くのに時間は掛からなかった。
「用意周到だな、仕方ない館内へ入るぞ」
5階に戻り非常扉から館内へ戻ると、きな臭い匂いとオレンジ色に染まる壁が見えた。
明りの方へ急ぎ場所を確認すると、八基あるエレベーターの扉の一つが外れて傾いたまま開き、出来た隙間から炎と煙が噴出していた。
「浅野君・・・、全員退避、建物内部は通れない、ヘリで上がれ!」
小田桐の指示に、黒尽くめの隊員たちは素早く反応して、踵を返して駆け出した。
エントランスを出ると、ローターで爆風を吹き荒らしながらヘリが着陸していた。
「課長、早くこっちへ」
園茨がヘリのドアから半身乗り出し、ローター音に負けないよう声を張り上げた。
小田桐と隊員が乗り込むが早いか、ヘリはすぐに上昇を始めた。
黒いビルの外壁が、目の前で流れ落ちていく。
「報告を聞きました。課長・・」
園茨は言葉に詰まり、俯き押し黙った。
「君は君の仕事をしろ。この事件を最後まで見届け、全てを完了させろ」
小田桐はスミスアンドウェッソンの弾を確認しながら言った。
ヘリは屋上まで一気に上昇すると、ヘリポートから数メートル上空でホバリングして位置を固定した。
ロープを垂らし、SITの隊員達が素早い動きで伝い降りていく。
多少もたつきながらも小田桐がそれに続いた。
ヘリポートに着地すると、襟元のマイクで園茨に指示した。
「一倉を見つけ次第連絡する、君はヘリから周辺の状況を伝えてくれ」
見上げるヘリから、園茨が了解の意味の親指を立てて見せた。
それを確認すると、小田桐はSITに続いてドアへと走った。
隊員の一人がハンマーでドアノブを叩き壊し、手荒くドアを抉じ開ける。
腰を屈めて、素早い動きでなだれ込んでいくのを見届けると、園茨を乗せたヘリはローターの角度を変えて屋上を離れていった。