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Abend 第3幕

対峙

「何処へ連れて行くんだ?」


 息を切らせながら小田桐が呼び止めた。


柳と芹澤は無言で立ち止まるが振り向く気配はない。


間に挟まれている彩香だけが、すがるような眼で振り返った。


柳たち2人は互いに眼だけ合わせると、すぐまた裏口へ向かって歩き出した。


「おい!」


小田桐は声を荒げた。


「君らには他の任務があるはずだ。後はこちらに任せておけばいい」


 芹澤は歩きながら、振り返りもしない。


「待て!ん?」


 時間にすれば1秒もかからなかったと思う。


柳達の後姿が瞬時に変わった。


服装は同じだし、背格好も変わっていない。


でもまるで別人のように変わったのが分かる。


何かが違う、公安とはいえ警官である以上、身に纏う雰囲気は職業柄同じのはずだが、今、目の前にいる二人からは同じ空気が感じられない。


種類が違う。


「君らは、何者だ?」


 無意識のうち口をついた言葉だったが、柳達はピタっと立ち止まった。


「ほう、おもしろい」


「違いが分かるのか?」


低い声が交互に言った声は、その場の空気を凝縮させるように重く響いて聞こえる。


「その娘を離せ・・」


恐怖はあった。


が、それ以上に感情が高ぶっていた。


ズカズカと近づき柳の肩を掴もうと伸ばした手がふと、止まった。


柳の肩越しの廊下の壁に、小さな染みが浮き出てきた。


それは初め、霧のようにぼやけていたが、渦を巻きながら纏まり、一つのはっきりとした像になっていく。


 小田桐はそれを見ていて背筋が凍りついた。


その影は、ついさっき逝ってしまった息子の慶介の姿になったのだ。


「・・・慶介?」


 夢を見ているのかと思った。


病院での出来事はすべて幻覚だったなら、どんなに嬉しいことか。


しかしその期待は脆く崩れ去った。


壁に映し出された息子はこちらを睨むように見詰める。


その視線は小田桐に向けられてはいない。


その手前の柳を、今にも泣きだしそうな顔で睨んでいる。


頭の中で何かが弾けた。


 伸ばしかけた手を素早くスーツの脇に戻し、拳銃を柳の背中、首の付け根に押し付けた。


「課長!」


 最初に驚いたのは浅野だった。


「正気ですか?」


 「自分が何をしているのか解ってるのか?」


 柳に臆した様子はなく、淡々と訊いてきた。


「あれは僕の息子だ。貴様ら一体何者だ?」


「ただの人間にしては、なかなか鋭いじゃないか」


 柳がそこまで言った時、背後から婦警の悲鳴が上がった。


小田桐達の異変に気が付いたのだ。


その声を聞きつけた刑事、警官たちが何事かとぞろぞろ廊下に集まってきた。


「懲戒免職では済まないぞ」


柳はそう言いながら彩香の腕を離した。


彩香は振り向くが早いか小田桐に飛びついた。


「慶介・・」


小田桐は彩香を片手で囲むように抱えながら唇を噛み締めて呟いた。


 壁に見える慶介の表情は悲しみと悔しさに溢れている。


芹澤は胸ポケットから携帯電話を取り出し耳に押し当てた。


「GO」


 端的にそれだけ言うと、すぐに電話を切った。


「小田桐!何してる!」


 署長の飯塚の声が廊下に響く。


「予定外だな」


眼鏡の位置を調整しながら芹澤が呟いた。


「騒ぎは困る」


「では、目立たないようにしよう」


 芹沢は緩やかな動作で、壁に埋め込まれている消火栓の非常ベルに手を伸ばし、ボタンを押した。


同時に署内全てのベルが鳴り始め、スプリンクラーから大量の消化液が放出された。


 署内のあちこちで悲鳴が上がり、皆一斉に騒ぎ出した。


「お前はこっちだ」


柳は蛇のように素早く手を伸ばし彩香の腕を掴むと、眼にも止まらぬ速さで走り出した。


「あ!この!」


「あきらめ給え」


芹沢は小田桐の前に視界を遮る様に立ちはだかり、せせら笑いを浮かべて身を翻した。


 一瞬の出来事に唖然としたが、はっとして壁に目をやった。


すでに慶介の影はなくなっている。


「慶介、苦しいのか?政子と逸れたのか?今何とかしてやるからな」


 小田桐は顔中を皺くちゃにして俯いた。


が、すぐに鬼のような形相で顔を上げた。


涙でゆがむ視界の中で非常階段のドアが閉まるのが見えた。


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