Abend 第2幕
警察署
白い壁には何の飾りも無く、在るものといえば電気ポットと湯呑みをいくつか載せた台が部屋の角に押し付けられているだけだった。
照明もさほど明るくない部屋の真ん中に置かれた小さな机をはさんで、彩香は柳と向かい合って座っていた。
開かれたままのドアの外には、刑事達が慌ただしく行き来するのが見える。
彩香は俯きながら、その様子を伺っていた。
何かを問い詰められるわけでもなく、柳は斜に構えたまま腕時計をじっと見詰めていて、その後ろでは芹沢が壁にもたれて腕を組んで立っていた。
壁の時計は、十一時を過ぎている。
「あの、ここで何をするんですか?お母さんと、友達のことを知りたいんですけど、何か知ってたら教えて貰えませんか?」
柳は目だけを向けてニヤリとした。
それは冷たい、ぞっとするような笑顔だった。
「待っているんだ、君のお仲間が来るのを」
「仲間なんていません」
「どうかな、気付いてないだけだと思うが」
思い当たる節が全くない彩香の眉間に、自然とシワがよる。
「加藤栄治、この名前に覚えは?」
「・・知りませんけど」
彩香は首を振った。
「君がこの街に越してくる前の友達の名前だ。隣に住んでいた」
「それは神谷レイジって言うんです。レイ兄ちゃんて呼んでました」
「違うな。戸籍上、神谷レイジという名は存在しない。君が知っている人物の名は、加藤栄治。今年21歳になっていて、現在は外国留学中だ」
柳はそう言って、椅子の背もたれに体を預けた。
「今朝まで一緒にいたんですよ、それおかしくないですか?」
「おかしくはないんだ、あいつは正に神出鬼没でね。会いたくて会える訳ではない」
後ろから芹沢が口を挟む。
「我々はその人物を探していた。人物・・じゃあないか。もう随分長くなる。この柳は、既に50年以上探し続けている」
芹沢はそう言ってせせら笑った。
彩香は眼を大きくして、目の前に座る柳を見た。30前後かと思っていた。担任の高田先生が33歳だが、それより若く見えるのだ。
「まぁ、そういう意味では、私にも正式な戸籍は無いがね」
冗談ぽく言ったが目は笑っていない。
彩香には柳のその顔が、どう見ても50を越えている歳には見えない。
机の上に置かれていた柳の携帯電話が鳴った。
「はい、身柄は確保しています。はい、分かりました、これから向かいます」
電話を切ると、柳は舌打ちして立ち上がり、芹沢を向いて溜め息をついた。
「時間だ。取り敢えず、あの方の所へ移動する」
芹沢も舌打ちしたが、小さく頷き、彩香の後ろに回って腕を掴み上げた。
「ちょっと、待ってください、私は何もしてませんよ」
「分かっている。これは法律とはなんら関係ないことだ、余り騒がない方が身の為だぞ」
芹沢の低く響く声に、彩香はどうにもならない恐怖を感じて、それ以上声が出せなくなった。
乱暴に掴まれた腕が引き上げられる。