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深淵の章 第三話

空飛ぶ彩香

05:13

 

「厄介なのが来た、俺が引き付けるから、お前は走り続けろ」


舌打ちして後ろの様子を覗うレイジが言った。


「何処へ行けばいいの?」


「この先、崖の下の川沿いに土手が延びている。そこを目指して走れ」


「そんな、レイ兄ちゃんは?」


「少し時間を稼ぐ!心配するな大丈夫だ、ジンが迎えに来る」


「ジン?」


レイジはいつの間にか、かなり後ろに居た。


返事は聞こえそうも無い。


大きく息を吸い込んで走り続けた。


薄暗かった辺りの木々の陰が、徐々に明るくなってきたのは気のせいでは無かった。


行く手の木の間に見え隠れしている東の空が白くなってきている。


後ろから殺気立った気配が近付いて来ているのを感じて、さらに必死で走り続けた。


突然、目の前の景色が変わった。


森が開けて、明け始めた空の深い青が目の前に広がっていた。


すぐ先で地面が途切れている。


遥か向こう側に切り立った対岸の崖が霞んで見える。


やばい!


気付いた途端、がむしゃらに手を伸ばして近くの枝を掴んだ。


しかし勢いがついている体はちょっとやそっとの枝では止められない。


細い枝は「ぽきっ」と簡単に折れてしまった。


素早くしりもちをついてスピードを殺し、スライディングしながら木々の間を滑り抜け、崖ギリギリの所に生えている樹にしがみ付くと、ようやくその勢いは止まった。


「はぁはぁ、死ぬかと思った・・でもこれからどうすればいいの?レイ兄ちゃん」


足元にある崖の高さは、下から吹き付けてくる風の音で見なくても分かる。


想像しただけでも恐ろしい。


「何してる!飛べ!」


上の方でレイジが叫んだ。


「は?何言ってるの、何処へ?」


「いいから飛べ!」


「どうやって!?」


彩香は半分怒って半分泣いていた。


「死にたいのか!」


声と共に走ってきたレイジは、彩香を思いっきり突き飛ばした。


当然、彩香の体は崖から一歩空中にズレる。


周りのすべてがゆっくり動く様に見えた。


踏ん張ろうとした足の着地点が無い。


体がゆっくりと仰向けになり、開け始めた空の色が目に飛び込んできた。


左足が地面から離れていく感覚が分かる。


もう下の地面まで落ちるしかない。


人生が終わった。


そう思った瞬間、崖下からの突風に体が跳ね上げられた。


「きゃぁぁぁ」


両手を広げた体は、木の葉のように空中に舞い上げられ、明け始めた青い空の中に大きく回転した。


「そのまま風を捕まえろ!」


レイジの声が恨めしく聞こえる。


風を捕まえる?そんなこと、出来る訳無い。


そう思ったとき、耳元をヒュンとうなる風の音が抜けた。


音のした方に手を伸ばすと、その手は見えない何かに引っ張られ、体はさらに舞い上がった。


つなぎがバタバタとはためく。


「飛んだ?」


眼を丸くした。


今度は足が持ち上がる、空中で前転したような格好だ。


「そのまま両腕を思いっきり開いてろ!」


レイジの声がやけに近くで聞こえたが、そちらを見ている余裕はない。


右回転、左回転、前転かと思うと後転。


落ちるでも飛ぶでもなく彩香の体は体操選手並みに柔軟に動き、空中でくるくると翻った。


まるで見えないトランポリンに乗っているようだ。


輝くような朝日の中で、風の音が近づいたり離れていったりする、彩香はその音に手や足を乗せた。


「す、ごい・・」


両手両足を広げて風に乗っているのを感じた。


朝の太陽の光に照らされ、疎らに流れる雲や、緑の大地が広がる壮大な景観の中を彩香は飛んでいる。


素晴らしい風景に全身が反応しているようだった。


空にはこんなに複雑に風が吹いてたんだ。


そうはっきり感じることが出来た。


上下左右、細かく風は吹き荒れる中、彩香は悠然と滑空しているつもりになりながら、落ちていった。



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