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瞬間移動で逃げるだけ!〜S級冒険者の裏切り者として追われた俺、気づけば魔王軍の最高幹部になってました〜  作者: 太田
プロローグ

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2/8

第2話 なんでこっちに向かってくるんだよ!

 トロールは、俺たちを視認した瞬間、巨体を揺らして吠えた。


「ぐぁぁぁぁぁ!!」


 空気を震わせる咆哮とともに、岩塊のような身体が突進してくる。


「散れ!」


 カリスの声と同時に、俺たちはその場で四方へと飛び散った。トロールの濁った視線が、真っ直ぐ俺を捉える。


「俺の方かよ……!」


 怒号を上げながら迫ってくる巨体。地面が揺れ、足音が腹の奥に響く。


 冷や汗が、頬を伝った。


 俺は反射的に左手を前へ突き出す。


「……〚ブル〛!」


 詠唱と同時に、左手から圧縮された風が放たれる。不可視の衝撃がトロールの胴体を叩き、巨体がわずかによろめいた。


 だが、怪物は倒れない。


(……だよな。初級魔法じゃ、こんなもんか)


 次の瞬間、トロールの右腕が振り上げられる。岩の柱のような腕。


───まずい。


 俺は剣を構え、必死にガードの姿勢を取る。心拍数が一気に跳ね上がった、その時。


「〚ポグル〛!」


 小型の火球が一直線に飛び、トロールの背中へ直撃した。爆ぜる炎。肉の焦げる音とともに、皮膚の隙間から黒煙が立ち昇る。


「今だ!」


 カリスが飛び出した。


 鞘走りの音が空気を裂き、銀の刃が一閃。月光を反射した剣が、トロールの太ももに深く食い込む。


 鈍い感触。


 骨までは届かないが、動きは確実に鈍った。


「ぐぉぉぉっ!」


 トロールは怒りの咆哮を上げ、拳を振り下ろす。カリスは地を蹴り、紙一重で回避。


 直後、背後の地面が砕け、礫が雨のように降り注いだ。


「〚ブン〛」


 シャノンの声。

 

 圧縮された風が、不可視の刃となって走る。それはトロールの顔面を切り裂き、血が弧を描いて飛んだ。


 視界を奪われた怪物が、よろめく。


 その前に、カレンが立った。指を銃の形にして、無邪気な動作で構える。


「〚ボル〛!」


 指先から放たれた電撃が、一直線に撃ち込まれる。


「がぁぁぁぁぁ!!」


 雷撃を受けたトロールは、巨体を痙攣させ、その場に膝をついた。


「……!」


 その隙を、カリスは逃さない。踏み込みと同時に、剣身へ魔力が流れ込む。


 淡く、紅く輝く刃。


「これで終わりだ!」


 カリスは叫び、前へ回り込む。


 渾身の一撃。


 喉元から胸元へ一直線。


 直後、最後の詠唱が重ねられた。


「〚ポガル〛!」


 剣と炎が一体となった瞬間、轟音が響く。トロールの体内から爆発が起こり、巨体が大きく揺れた。


 声にならない呻きを残し、やがてその身体は、岩の崩れるような音を立てて地面に倒れ伏した。


 焦げた匂い。微かに残る雷の余韻。


 カリスは刃を下ろし、シャノンは大きく息を吐く。


 カレンは、笑顔を浮かべた。


「……思ったより、硬かったな」

「ええ。でも、倒せました」

「えへへ〜、やったね〜!」


 俺は、何も言えなかった。何も、できなかった。


「ダレン……大丈夫か?」


 カリスが振り返る。本気で心配している顔。その表情が、逆に胸を抉った。


「あぁ……」


 茂みの奥から、フィーラー先生が姿を現す。


「これでテスト終了だ」


 そう言って、魔法で通話を繋ぐ。


「トロールを討伐。回収を頼む」


 短く告げ、通話を切った。


「帰るぞ」


 俺たちは、来た道を戻り、自動車へと乗り込んだ。

 

「いや〜、疲れたなぁ〜」

「カリスは、少し突っ走りすぎです」

「そ〜だよ〜、カリス君、危ないよ〜」


 車内では、三人の会話が弾む。俺だけが、黙って窓の外を眺めていた。


 森が、後ろへ流れていく。


 その景色が、やけに遠く感じられた。

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