第1話 絶対悪っているよね!
この世には、絶対悪というものが存在する。万人が悪だと認め、疑う余地すら与えられない存在。
俺の生きる世界において、それは、魔物だ。
人類の敵。
人の暮らしを踏みにじり、命を奪い、土地を奪うもの。だからこそ、魔物は倒されるべき存在であり、それを討ち、人々に安寧をもたらすのが冒険者の仕事だった。
魔物は、ある日突然現れる。
それまで人が住んでいた街や村を蹂躙し、そこを自らの住処とする。その悪逆非道さについては、何度も聞かされてきた。
学校の先生は、いつも同じように語った。
魔物は残虐で、理性がなく、決して分かり合えない存在だ、と。
「おい、そろそろ着くぞ」
不意にかけられた声に、俺は顔を上げた。
車が止まり、扉が開く。
俺たちは順に外へ降り立った。今日は、テストの日だ。
先頭に立つフィーラー先生が、無言で森の奥へと歩き出す。
このテストの内容は、単純明快。魔物を倒すこと。
それができれば、俺たちは正式な冒険者として認められる。
冒険者――魔物を討ち、奪われた土地を取り戻す者。この国において、それは憧れであり、英雄への第一歩だった。その職に就くため、俺たちは冒険者学校に入り、剣を振り、魔法を学び、日々研鑽を積んできた。
そして今日。
その成果を証明する日が来たのだ。
足元で、枯れ枝が乾いた音を立てる。
パキッ、パキッ、と。
「テスト、成功するといいな」
先頭を行くカリスが、声を潜めてそう言った。
「……ああ」
隣を歩くシャノンが短く相槌を打つ。
「待ってよ〜、速いよ〜」
少し遅れて、後ろからカレンの明るい声がした。緊張した空気の中で、その声だけが不自然に軽かった。俺たちは歩調を落とし、慎重に進む。
「止まれ」
フィーラー先生の小さなしかし圧のある声が聞こえ僕達は、足を止めた。
フィーラー先生の、低く、しかし強い声が響いた。全員が即座に足を止める。
先生が指で示した先─茂みの奥を、息を殺して覗き込んだ。
そこにいたのは、人の形をしているはずなのに、まるで規模の違う何かだった。
森の奥から現れたそれは、歩く岩の塊のようだった。まるで、風景の一部が切り取られ、そのまま動き出したかのような錯覚。肩は木々の高さに迫り、前屈みの背中が空を覆う。近づくにつれ、嫌でも細部が目に入る。
緑がかった灰色の皮膚は岩肌のように荒れ、ところどころ湿って、不気味に光っていた。傷なのか瘤なのか判別のつかない隆起が無数に走り、呼吸に合わせて、微かに脈打っている。眉骨の奥に埋もれた小さな目。潰れた鼻。裂けた口。人間の部位を無理やり並べ直したような歪さ。
牙の隙間から覗く舌と、垂れ落ちる唾液が、生理的な嫌悪感を強烈に刺激した。
巨大なトロール。
額を冷や汗が伝うのを感じた。
俺たちは魔法補助具の指輪をはめ、それぞれが武器を握りしめる。
俺は、約一メートルの剣を両手で構えた。その重さが、今日はやけにずっしりと感じられる。
「行くぞ」
カリスが、短く言った。
俺たちは茂みを抜け、トロールの前へと姿を現す。
こうして冒険者になるためのテストが、始まった。




