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8) ルアンのお仕置き


 人間のルアンは、アステルにとって兄のような存在だった……ものすごく過保護な。


 アステルの記憶にある最古のルアンは、5歳の、紺色の髪に紺色の瞳の可愛らしい年下の子どもで。人間の王子様だったアステルの付き人で、親友だった。

 ルアンはアステルのあとを「アステル様、アステル様」と、ついてまわった。


 アステルが魔王になる過程で、年齢が逆転してしまった。アステルが12歳のとき、ルアンは18歳だった。ルアンはそれからもアステルの護衛として、付き人として振る舞った。


「アステル様、今日はどんな物語を読みましょうか」

「アステル様、寒いから、これを羽織って行ってください」

「アステル様、どこ行くんですか? おれと行きましょう」

「アステル様、アステル様、アステル様」


 兄のようなルアンも、アステルのあとをついてまわった。

 あまりに過保護で、鬱陶しくて、冷たくしてしまったこともある。

 けれど、ルアンはアステルを支え続けた。


 おじいちゃんになって、人間としての命の終わりを悟ると。永遠の命を持つアステルのために、ルアンは長く生きる魔物に転化した。

 アステルに相談せずに、人間としての一生を捨て。言葉を失い、帰ってきた。


 狼になっても、ルアンは、

(アステル様、アステル様、アステル様、)

と、アステルのあとをついてまわった。



 ルアンが人間のうち、アステルとルアンは、ずっと主従関係のままであった。

 親友と言いながらも、その信頼関係のなかに、ほんの少しの配慮からくる距離が、いつのころもふたりの間にはあった。


 対等な関係に近づいたのは、ルアンが狼になったあとのことだ。

 言葉を失ったために。狼のルアンが、感情をこらえずにアステルを噛み、ぶつけるようになったから。

 喧嘩したり、仲直りしたり。

 アステルもルアンには遠慮なく物を言うし、その逆も起こりうる。


 ふたりはようやく、親友らしい親友になった。




 トゥリフェローティタという宝物を得て。

 アステルは人間のルアンのことを思う。

 兄のようだったルアンのこと。


(ルアンは本当にぼくのこと、大切だったんだろうな)


 もちろん、今も大切なのはわかっている。

 アステルが、トゥリという宝物を得て浮かれていたのもわかっている。


 トゥリに絞められた首の痣を、ルアンに見られたのが迂闊だったのも。

 そのせいで、ルアンがトゥリの人間の体を噛み殺したのも。

 わかっている。



(でも……ぼくも一回殺す気かも、この目は!!!)


 アステルは至近距離で、怒れる狼の目を見ながら、震える。



 トゥリが殺され、トゥリをなおし、トゥリと別れたあと。

 アステルはルアンに、(トゥリにもっと優しくして)と言いたかった。しかし、言えるような空気ではなかった。


「じゃあね、ルアン」


 アステルはルアンとも早く別れたくて、ルアンの部屋に先に寄るがルアンは自分の部屋に入らず。狼は、獲物を狩る目をしてひたひたと、アステルのあとをついてきた。アステルが走ると、ルアンも走って追いかけてきた。アステルは魔術で寝室に転移するがルアンもそれを見越したようで、結界を構築しきる前に扉にタックルして部屋に乱入してきた。


 そして現在。

 カーテンの閉められた昼間の寝室のなかで、アステルはルアンにベッドの上に押し倒されている。ルアンは前足でアステルの右の肩をぐっと押さえつけ、アステルが動けないようにしている。



「わ、悪かったよ、ルアン。確かにここ最近ぼくは、ぼくのことを大事にできていなかったかもね……ぼくが怪我するのを、きみがよく思わないってわかっていながら」


 ルアンは左の前足で、アステルの口をぽん、と押さえた。意味するところはひとつだ――黙れ。


 アステルは青ざめる。

 アステルを黙らせるのに舐めるとかキスとかじゃなくて、前足を使われたことなんて、ない。


「る、ルアン……?」


 アステルは逃げたかった。

 魔術を使えば逃げられる。けれど逃げたらますますルアンは怒るだろう。


 ルアンは、アステルの口から前足を離すと。鼻先でキスするようにアステルの首元に顔をうずめる。それから、ベロッとアステルの首を舐めた。


 トゥリに絞められた首を。


「ひっ」


 アステルは悲鳴をあげる。

 舐められた首が外気に触れて冷たいし、何より首の痣のあたりを舐められているのが、怖い。


「ごめん、ごめんってば、ルアン。何してるの? 怖いよ……」


 何度か首をベロベロしたあと、ルアンは顔をあげてアステルを見つめる。狼の紺色の瞳は、慈愛に満ちている。でもアステルは、長年の付き合いから――ルアンは怒りすぎてこの顔になっているのでは? と嫌な予感がした。



 ルアンは、アステルの左肩に噛み付く。

 抉りとる一歩手前くらい、深く。


「――――!?!?」


 アステルは、痛すぎて声も出ない。

 ヒュッと呼吸が乱れる。

 血が散り、シーツを汚す。

 しかしアステルの体は、自動的に『もとにもどる』。痛みの記憶だけがアステルに残る。


 傷が瞬時に治ったアステルは、口をぱくぱくさせてルアンを見上げる。

 牙からアステルの血の滴る狼を。


 間違いなく一番だ。ルアンに噛まれ続けた五百年の歴史のなかで、一番に痛い。


 自動で回復した。つまり――致死的だったということだ。



 アステルの脳裏を、陽気なトゥリが駆け抜ける。


『犬に噛まれて殺されるのって、最高でした!』


(トゥリフェローティタは、頭がおかしい――!)


 いやそれよりも。


「ぼ、ぼくとトゥリフェローティタが、そういう関係だって思っているの!? そんなわけないじゃない!」



 アステルは大昔、人間のルアンにも左肩を噛まれたことがある。まだ14歳のアステルが寂しくて添い寝してほしくてルアンの寝床にもぐりこむのを、ルアンは嫌がった。


「べつに友達なら、添い寝したって良い」と主張したら、「友達だったら誰であっても寝床にもぐりこんで良いというのは、襲われかねない」と指摘され、それで口論になった末に……『人の寝床に入るのは危険なこと』とアステルに覚えさせるために、ルアンはアステルの左肩を噛んだのだ。


 今思い返しても、アステルにはわけがわからない。あのとき人間のルアンは気が狂っていたとしか思えないのだが、実際、噛まれたのだ。


 つまり、それ以降、ルアンが左肩を噛むというのは「男と添い寝するな」もしくは「男と(性的な意味で)寝るな」という意味なのだ――アステルは男と性的な意味で寝たことなんて一度もないのに……。アステルはシンシア一筋なのに……。


 アステルから見れば、この狼は、無用な心配を続けている。



「トゥリフェローティタとぼくは、添い寝してない! 一緒のベッドで寝たことなんて、ないよ! トゥリはひとに触れられるのが苦手なのに、急にそんなことになるわけないだろ!?」


 ルアンはアステルを押し倒し、ぐっと押さえつけたままで、離してくれない。


「ぼくが寝床にいれるのは、シンシアときみだけだよ! 間違っても息子とは添い寝しないようにしているし……ぼくは、誰と添い寝が安全で誰と添い寝が危険か、よくわかっているんだよ!」


(どうだか)という冷たい目で、ルアンはアステルを見下ろしている。


(そりゃ、昔……イリオスとも添い寝してみたい気持ちがあったのは否めないけど……そんなこと言ったら火に油だ……)


 アステルは冷や汗をかく。


「確かにトゥリが部屋に入ってくるのを、見逃したのはぼくだけど――その結果、首を絞められたわけだけど……彼が何をしたいのか、見定める必要があったと思うんだよ」


「ぼくは、トゥリフェローティタのことを理解してあげたいんだよ……ルアン? ルアン、聞いてる?」


 ルアンは話の途中からまた、アステルの首元に鼻先を埋めている。くすぐったい。そしてまた、首を舐められた。


(こ、怖い!)


 アステルは恐怖する。

 先ほど、舐めてから噛まれたせいで、舐められるとあの強烈な痛みを思い出した。


「ちょっと、やめろってばルアン、怖いって。

 もう離れて、離れてよ。そんなに舐めないで……」


 ルアンは舐めるのを止め、歯を立てた。

 アステルは体がぞわっとした。


「や、やめてよ。お願い。やめてください。

 もう噛まないでください。

 ねえ、ルアン? ルアン……?」


 カタカタ。

 本能的な恐怖で、アステルの体は震える。

 ルアンは左肩を再度、やわらかく甘噛みする。

 アステルは ひっ となる。



 ただひとこと。

「トゥリフェローティタと添い寝しません」と言えば、解放されるのだろう。


 けれどアステルには自信がなかった。


 かつて人間のルアンが、アステルに「怖い夢を見たから一緒にいて」と言われて添い寝を拒みきれなかったように。


 トゥリフェローティタに「怖い夢を見たから添い寝してほしい」と言われたら、アステルは喜んで添い寝するだろう。(トゥリ、可愛いところあるじゃん)と思いながらルンルンで添い寝することだろう。


(ルアンだってぼくの気持ち、わかるくせに!

 なんて理不尽な狼なんだ……)


 ルアンはアステルをわからせようとしたが、アステルはわからなかった。


 なのでこの日のルアンのお仕置きは、ながくながーく続いた。




おまけインタビュー


「いやあ 私もね、あそこまでする必要があったのかと聞かれたら まあ少しやり過ぎたかな って気持ちもありますけどね

反省しないんだから仕方がないですよね


あの人いつもはちゃんと施錠してるんですよ? 王だから当然ですけど、ちゃんと部屋の六面に結界を張っています。


だから『わざと』なんですよ。

わざと招いている。


そして私との接続は、わざと切っている。

危ない目にあっても私がすっ飛んでこないようにしている。


つまり、もう、危ない目にあうってわかっていて、招いているわけですよね。


そのあと私にバレないように帰した。

帰したあと湯浴みしてにおいまで消した。

え? なんで気づいたかって? あの人ってほら、詰めが甘いところがあるじゃないですか。


痣を消すのをためらったんでしょうね。


朝、私がおはようを言うのに部屋を訪ねた瞬間、鏡見ててね。それで。

確かにいつもより少し早いタイミングではありましたけどね。

凍った顔してましたね、私に見られて。


首に痣。はあ。首に痣?


わざわざ残そうとするのもね。


500歳超えなんていくら魔物の成長が遅くても、もう良い大人でしょう?

もっと王たる自覚を持って欲しいものですよね。

スキンシップが好きとか添い寝が好きとか

そういうタイプなのは、ええ、よく存じておりますが。

こっちは500年前から するな って言ってんのに一向に改めないんだから。


500歳じゃもう治らない悪癖かもしれませんけど

それでも私が正さないと

あの人を叱れるのなんてもう私しか残っていないんですから。


一回、毛布の件でああいうことになったのに治ってないんですから。

もう、一回 痛い目にあわせるほかないですよね。

体に教えこむしかないですよ」


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