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7) 首を絞められたい。あわよくば、絞めたい。


 新月の夜。アステルは城の廊下を魔物を連れだって歩いていて、トゥリフェローティタに魔術で加速した小石を投げつけられた。

 アステルは自らに当たる前に速度を殺し、小石は廊下にポトッと落ちる。


 ささやかないたずらと思い、アステルはその場ではスルーを決め込むが、それは月に一度、一般の魔物の嘆願を聞くという大事な公務のために謁見の間に行く最中のこと。ましてや魔王に石を投げるなど。


「トゥリフェローティタ〜!」

 トゥリは怒った魔物たちに牢に連行される。

 魔物に担がれ運ばれて行くトゥリの、ニッコニコの笑顔にアステルは思う。


(喜んで懲罰されに行っている……)



 トゥリフェローティタは魔物たちに折檻される。トゥリは地下牢に連行されるとき、どんなことをされるのかとわくわくしていた。しかし――魔物たちは生ぬるかった。まるで、おいたをした幼子にメッと言うような折檻だった。トゥリは一応、人間のときから数えたら五百年は生きているはずなのに。魔物たちはトゥリを赤ちゃんだと思っているようだ。鞭打ちとか水責めとかもない、トゥリが期待したようなことは何ひとつなかった。


 トゥリは怒る。

(アステル様が魔王として優しすぎるから、折檻すらもポヤポヤじゃないか! どうなってるんだ、この国は!)


 唯一よかったのは、持ち上げられて揺さぶられたときに、一瞬だけ首に手をかけられたことだ。

(よし、そのまま絞めろ!)

 しかし魔物は、魔物の道に反すると思ったようで、ハッとして手を引っ込めた。

(だあああああ、もおおおお!)



 ちゅんちゅん。


「トゥリ、トゥリフェローティタ」


 牢屋でぐーすか安眠していたトゥリが目を覚ますと、アステルが居た。公務を終えたあとのようだ。不思議に思って目をやると、牢屋の見張りもすやすや眠っている。


「ダメじゃない、ぼくに石を投げたりしたら」

 

 アステルは心配そうにして、トゥリの体の全体に回復魔術をかける。

 トゥリは昨夜の悔しさをぶつける。


「アステル様! 私、反省していません!」

「え……? うん……」


 アステルは(そりゃあそうだろうね)という顔だ。


「ですので、私の首を、絞めてくださいませんか!?」

「え、そんな残酷なこと……」


 できない、とアステルは断ろうとして、トゥリの期待の眼差しに気づく。


「……触れてもいい?」

「もちろん!」


 アステルはためらいながらも、両手をトゥリの首に伸ばし、やさしく、少しだけ力をかける。

 きゅ。


「もっとつよくお願いします」

「……できないよ」

 アステルは両手を下ろしてしまう。


(きみのこと大切だから、できない)

 アステルは真剣にそう思うが。


(最高だったのに)

 トゥリは口をとがらせる。



「アステル様、魔王城の懲罰は生ぬるすぎませんか?」

「え……そうかな……?」


 トゥリは、アステルに語る。「私だったらまずこうしてああして、こうやって……」と。

 どうやって拷問するかの手順を。

 アステルは、「うん、うん、それで?」と、ちゃんと相槌を打って聞いている。

 アステルには興味のない話を。


 嬉しそうに話すトゥリを見て、嬉しそうにアステルは微笑んだ。


「わかったよ、これはきみの嘆願だね」


 

 それから、心配そうな顔をした。


「ねえトゥリ、話が戻るけれど……他の魔物の前で、あんなふうにぼくにいたずらするのは良くないよ。魔王信仰に厚い者だったら、大変なことになる」

「大変なことってなんですか?」


(きつい折檻をされるってこと……だけど、それを言ったらますますやりそうだ)


「だからね、トゥリ」


 アステルはトゥリの耳の横、銀色の髪に触れる。

(なぜ触れる)

 トゥリはアステルをまじまじと見る。


「ぼくを攻撃するのは、ぼくとトゥリしかいないときにして」

「えっ」


 トゥリは驚く。


「アステル様は、攻撃されても構わないと仰っていますか?」

「だって、トゥリはやりたいのでしょう?」


 トゥリは喜色満面になる。


「もちろんぼくもやり返すよ。きみの教育のために、やり返すからね……聞いてる? トゥリ」




 その日からトゥリがアステルにちょっかいをかける頻度が上がった。他の者に気づかれないタイミングやふたりきりのときに。

 トゥリが魔術で石を投げると、アステルは魔術で石をはじき返してきた。足を踏めば、踏み返してきた。通りすがりにつねると、つねり返してきた。


 トゥリはアステルをいじめたり、いじめられたりするのがすごく楽しくて、毎日わくわくとドキドキの連続だった。


 ルアンだけが何かを勘付いて、トゥリを見る目が日に日に険しくなっていたが――たかが犬に何ができようか。

(アステル様と私だけの秘密だ)

 トゥリは、意味ありげに視線を送り、ルアンを煽る。




 ある日、トゥリは天啓を得る。


(アステル様に首を絞めて欲しかったら、全力で絞めればよいのでは?)



 寝込みを襲うのが最も簡単に思われたが、ひとつ問題があった。


 夜、アステルの寝室前の廊下に例の番犬がいることだ。廊下にいないときの方が悪く、アステルの寝室の中にいる可能性もある。

 ルアンが中にいたら、アステルとの約束上も、首を絞めることはできない。


(ルアンが廊下にいる日に、廊下側からではなく、窓側から侵入するしかない)



 決行の日。トゥリは廊下にルアンが伏せているのを確認したあと、城の外に出て、アステルの部屋の窓が目視できるところまで走る。

 トゥリはまだ目視できる範囲しか転移魔術が使えないためだ。


 トゥリは転移魔術の有効範囲を伸ばすために、この夜のために大層努力した。


 トゥリは、アステルの寝室に侵入することに成功する。



 アステルはベッドでお行儀よく寝ていた。質の良い毛布をかけている。

 トゥリは、毛布の上からアステルに馬乗りになる。アステルが目を覚まし体を起こそうとした瞬間、両手に自重を乗せて力を込め、アステルの首を絞めながら、アステルをベッドに押し戻す。


 アステルは苦しみ、もがく。

 もがきながら見る。

 トゥリの、最高に楽しそうな表情を。



 少年の力では、アステルの意識を落としきることはできなかった。

 アステルの抵抗に、トゥリは手を離す。

 アステルは起き上がって、ゲホゲホと咳き込んだ。首にくっきりとトゥリの手の跡が残っている。


 アステルは魔術で呼吸を整え、聞く。

「楽しいかい? トゥリフェローティタ」

「はい! 楽しいです」

 トゥリは、恍惚として答える。

 アステルの膝上に乗ったまま、質問する。


「アステル様、苦しかったですか? 私に急に襲われて、どんな気持ちでしたか? 死にそうって思えましたか?」


 アステルは答えない。


「トゥリ、ぼくを攻撃するのが楽しいのなら、約束してほしいことがある」

「なんでしょう?」

「城の中でこんなふうに、致死的な攻撃をするのは、ぼくだけにしてほしい」


 トゥリが黙っていると、アステルは聞いた。


「他の者は殺さないでくれる?」


 トゥリは考え込む。


「アステル様は私が、首を絞めても構わないと?」

「他の者にしないなら、べつに、ぼくになら構わない。きみが何をしようとも、ぼくだったら、死なないのだから。

 ぼくだけにしてよ、トゥリ」


(他の者にしないなら、いい?)

 それは特別感のある言葉で、トゥリはものすごく嬉しくなった。

 喜んでいるトゥリに、アステルは口止めをした。


「でも、内緒だよ。今までどおり。

 きみとぼくだけの、秘密ね」



 アステルはトゥリを、転移魔術で私室に直接送ってくれた。




 結論からいえば、秘密にはできなかった。


 明くる日の朝、トゥリが私室から出た瞬間に、横から何かがすごい勢いで飛んできて。

 激しい痛みのなか、トゥリは死んだ。


 一瞬、花畑を見た。


 まばたきをすると、そこは現実で、トゥリはナメクジに戻っており。依代の口からのそのそと出てくるところだった。ちいさな紫色の瞳で敵を見上げて、理解した。


(ルアン――!)


 紺色の狼が、依代のおなかに噛み付いて、臓物引きちぎって殺したのだとわかった。


 トゥリはあわあわと逃げようとするが、白いまあるいナメクジは、のそのそ……と足が遅く、とても逃げられそうにない。

 ルアンの鼻先が、もう、すぐそこまで迫っている。


(た、食べられる――!?!?)


「ルアン、待って!」


 アステルが転移してきて、抱え込むようにしてルアンを止める。

 アステルは顔面蒼白だ。

 首に、痣がくっきりと残っている。


 アステルの痣を見てトゥリは、ぱああ〜っと顔がほころぶのを止められなかった。

 犬に食べられる直前だったのも忘れて。



 アステルは回復魔術でトゥリの依代を「なおし」た。


 トゥリがふたたび依代に入り込んだあと。トゥリと依代の感覚を魔術で接続しなおしながら聞いた。


「トゥリ、ごめんね。

 ルアンに噛まれるのは、痛かったろう?」


 トゥリは目を輝かせた。


「はい! 犬に噛まれて殺されるのって最高でした! 何回も殺されてもいいかもしれません」


 アステルは流石に、友人にちょっと引いてしまった。

 けれども「死」は自分には得られない感覚だったため、すこし興味も抱いたのだった。


 このときまでは。


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