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6) 触れる練習


 トゥリの絵は入賞しなかったので廊下に飾られなかったが、アステルから個別に「がんばったで賞」をもらった。


(なんだ「がんばったで賞」って、みんなもらっているのか?)


 もらったのは、押し花の栞だ。水色の花が、とても薄い透明なガラスの板におさめられている。

『読書に使ってね アステル』

のメモ付きだった。


 メモが美しい良質な紙に書かれていて、捨てられない。


 そのへんの魔物に「がんばったで賞」について聞いてみるも、誰も何も知らなかった。


(私だけにくれたのか? 死体の絵を描いたから?)

 トゥリはいまいちよくわからなかったが、『死への憧れを呼び起こしたで賞』か何かなのか? とむりくり納得する。


 栞におさめられている花も、トゥリの見たことのない花だ。

 ナメクジ姿のころに、アステルはトゥリに図鑑をたくさんくれた。トゥリは本棚から花の図鑑を選び、ベッドの上でめくってみる。しかし、載っていない。


 栞を手に、窓からの光に透かせてみる。


「綺麗な花だな」




 トゥリはアステルに仕事をもらう。


「トゥリは絵が上手だから、資料に図説を描いてほしいんだ」


 資料をもらって私室で作業するのかと思いきや、細かい説明が必要なのでアステルの部屋に来て欲しいという。

 写生大会で絵が上手かった魔物、数名と作業するのかなと思い訪れるが、なんとアステルとトゥリだけだ。

(う……責任重大だ)


 ラフを描いて、アステルに見せて、修正して……という作業のさなか、アステルの手がトゥリの手に当たった。

「あ……ごめんね、トゥリ」

「いえ」

 トゥリは不思議だ。


「アステル様って私に手が当たったりすると、すごく焦りますよね」

「え、だってトゥリは、触れられるのは苦手でしょう?」


 アステルは、ルアンを一緒に撫でたときにも同じような話をしていた。

(アステル様のなかの私は、よっぽど触られるのが苦手なイメージなのだな)


「別に手が当たったくらいじゃ何も思いません」

「……そう? じゃあ、」

 アステルはためらいがちに聞いた。

「トゥリの手に、触れてもいい?」

「? はい」


 アステルは執務机の前に座り、トゥリはそのとなりに立っている。



 トゥリが手を差し出すと。

 アステルは、アステルよりもやや小さな手をとり。さっき、アステルの手の小指が当たったところを親指で撫でる。

 それからトゥリの手を両手で包み込んだ。


「トゥリの手はすこし、ひんやりしているね。

 中にいるトゥリフェローティタの体温なのかな。そうかも。このくらいの温度だったかも」

「死体だからではないですか?」

「死体はもっと冷たいよ。トゥリはちゃんと生きているよ。中の魔物と、依代と、ぼくはちゃんと魔術で結びつけているからね」


 トゥリの手を包み。(体温をチェックして終わるのかな)と思ったら、アステルはずっとそうしている。トゥリの手をあたためるように、大きな手ではさんでいる。

 アステルの手は、あたたかい。

 じんわりと熱が伝わってきて、トゥリはなんだかこそばゆくなってきた。


「あの……」

「あ、ごめんね。時間を忘れてた」

 アステルはパッと両手を離す。


(手をはさむなんてつまらないことに、時間を忘れるなんて、アステル様は変わっているなあ)



「ねえ、トゥリ。お願いがあるんだけど……手を繋いでみても良い?」

「???」

 トゥリにはわけがわからない。


「さっきまでのと、何が違うんですか?」

「え、全然違うよ! ぼくの執務室の壁の端から、」

 アステルは指をさして説明する。

「壁の端まで散歩するあいだ、きみと手を繋ぐの」


 アステルの執務室は広いとはいえ、出発してすぐについてしまう距離だ。散歩とはいえない。

 仕事を放棄してそんなことをするなんて、トゥリには不可解だ。


「何の意味があるんですか?」

「意味?」


 アステルはちょっとびっくりしたように、青い目を見開いて。それから顔をそむけ、考え込んだ。


「うーんと……仕事の息抜き……いや……まあ、ぼくはそれをしたら元気がでるんだよ」


「……よくわかりませんが、構いません」

「本当!?」

 アステルはとても嬉しそうだ。


 ということで、アステルと壁の端に並んで。アステルはトゥリの手をとった。ぎゅ、とアステルに片手を握られると、反射的にトゥリの体はビクッとなった。体がこわばっている。

 アステルは手を離す。


「トゥリ……やっぱり苦手?」

「いえ……私に苦手なものなんてないと思います」

「そうかなあ」


 さっきよりもアステルとの距離が近い。

 アステルは、自分の手をひとりでにぎにぎしたあと。もう一度、トゥリに差し出した。


「トゥリの気持ちの準備ができてから、繋いでみて」


 トゥリは深呼吸してから、そっとアステルの手に触れた。アステルはさっきみたいにぎゅっとは握り返さない。本当にそっと、軽く、手をつないで。

 トゥリに目配せすると、歩き始めた。


 手を繋いで、壁の端から端まで歩く。


 歩きながら、アステルはトゥリに笑いかける。本当に嬉しそうに。


(こんなことの何が良いんだか……)

 トゥリには理解できないが、仕事の気晴らしにはなっていそうだ。

 

 壁にタッチして。終わりかと思いきや、アステルはターンして戻ってくるときも手を離さなかった。

 結局、一往復のあいだ、ずっと繋いでいた。


「ぼくはね、ずっときみと手を繋いでみたかったんだよ」

「私と?」


(それって、私が魔物になってからの話なのだろうか? それとも、人間だったときの話なのだろうか……)

とはいえトゥリに、人間だったときの記憶はないのだ。



 スタートの壁まで戻ってくると、アステルは名残惜しそうに手を離した。


「はい、おしまい。トゥリ、おつかれさまでした! どうだった? 手を繋いで歩くのは」

「とくになんとも……」


 アステルはがっかりした顔をした。そのがっかり顔の方が、トゥリには手を繋ぐことの何倍も楽しかった。


「……はじめてじゃ、良さがわからないのはしょうがないよね。ねえトゥリ、これからも無理のない範囲で、トゥリに触れてもいい? 

 きみに、触れられるのが大丈夫になってほしくて、触れる練習がしたいんだよ」


 変な話だと思いつつも、トゥリは了承する。


「はい、構いません」

「ありがとう」

 アステルは嬉しそうに笑った。



 ふたりで仕事の続きをしながら、トゥリは考える。


(アステル様は、ゆくゆく私に、性的な仕事でもさせるおつもりなんだろうか。

 だから人間の依代をくれたのかな?)


 ちら、と疑いの目でアステルを見るが、アステルは上機嫌でなにも気づかない。

 

(いや、周囲のひとがたの魔物にも同じことを頼んでいるのかもしれない。

 シンシア妃がねずみだから、その代わりに周囲の魔物に……アステル様は、そういうタイプかな? 王様だし、誰も逆らえない……見かけによらないのかも……)


 そうだとしたってトゥリはどうとも思わなかった。手を繋ぐことと性的なことの違いがわからないからだ。相手が死んでいなくて生きているのなら、だいたい、同じである。



 アステルは歌を口ずさみたいくらい機嫌が良かったが、500歳(見た目は20歳)らしからぬ振る舞いかと思い、気持ちを抑えて仕事している。


(よしよし、良い調子だよ。やっぱり愛を伝えるのに、スキンシップは大事だものね。トゥリフェローティタは可愛いねえ、よしよし、って褒められるように……きみのことが大切だよって伝えられるように、ぼくは、がんばるんだ)


 トゥリにとんでもない疑いを持たれているのに、アステルは気がつかない。


 アステルは仕事中にそっと、トゥリと繋いだ手を開いては閉じ。トゥリフェローティタの手の温度を思い出して、本当に嬉しそうに微笑む。


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