4) 秋のシンシア妃 写生大会
魔王城の一角に、シンシア妃の肖像画が並ぶ広く長い廊下がある。シンシア妃は500年前に、永遠の命を持つアステルのために『生き物として転生を繰り返す』ことを選んだ。
そのため歴代のシンシア妃は、魚だったり蝶だったりミミズだったり猫だったりアシカだったりトカゲだったりペンギンだったりハナカマキリだったりインコだったりした。
廊下には、はじめに人間のシンシアの肖像画があり、それらすべての生き物の肖像画が順に並ぶ。
その歴代のシンシア妃の肖像画を描いていた画家(魔物)が先日亡くなった。
玉座に座り、アステルは言った。
「今代のシンシアの肖像画は、みんなで描いて良いものを採用するよ。写生大会を開こう」
魔王城の魔物たちの緊張感たるやなかった。シンシアに関連したことで失敗するとアステルの逆鱗に触れやすい。
写生大会のため、何日かにわたって魔物たちは大広間に集められる。
「シンシア妃を拝むことができる機会は貴重だなあ」
と呑気に話す魔物も居た。
だが、本物のシンシア妃は出てこなかった。代わりに写真館で撮ったシンシア妃の写真――白くて可愛らしいねずみの写真がいくつも展示された。
「あれ、シンシア妃は……?」
という囁き声に、アステルはわらった。
「ぼくが本物のシンシアを大勢の目に晒すわけがないじゃないか。屈強な魔物たちに囲まれるなんて、ちいさなシンシアがかわいそうだよ」
(もう肖像画じゃなくて、今代からは写真にしてくれ〜!!!!)
魔物たちの声にならない悲痛な叫びが、広間にこだまする。
絵の上手い魔物は良かった。おのおのの思う美しいねずみのシンシアを描けば、アステルは満足した。しかし絵の下手な魔物たちにアステルは厳しかった。
「きみの絵はシンシアを愚弄している」
「ダメ。描き直してきて」
大広間から出れずに翌日も呼ばれる魔物たち……。
このイベントにおいては、トゥリフェローティタも(普通にすれば)勝ち組であった。トゥリは人間の体を手に入れて、なんでもそつなくこなす自分に気がついた。
運動もできるし、楽器もたいていのものは上手く弾け、絵も誰よりも上手い自信があった。
それが依代のステータスなのか魂のステータスなのかはわからなかったが、トゥリはなんだって出来た。
だからこそ普通にシンシアを描くのでは、トゥリは物足りなかった。トゥリだけの美を追求したかった。
通りすがりにイーゼルに置かれたトゥリの絵を見た魔物たち。
「おげえ」「殺されるぞ」「トゥリフェローティタはしばかれたいんだろ?」「一度、苛烈な拷問を受けた者は神を畏れないな……」「トゥリフェローティタ おまえすごいよ……」
もはやアステルの地雷を踏み抜きたいと思っているのだと皆が思い、巻き込まれたくなくてイーゼルを移動してトゥリのまわりから離れた。
トゥリフェローティタは期待した。
アステルが『とくべつな顔』をしてくれることに。
けれどアステルは、トゥリの描いた『毒殺されたねずみのシンシアの絵』を前にしても、ただただ、平静だった。
(どうして!?!? アステル様に怒られたくて、丹精込めて描いたのに!!!!)
アステルは静かに聞いた。
「どうして死んだ絵を描いたの?」
「シンシア様の一番美しい姿を描けとアステル様が仰ったからです」
「きみにとっては、死んでいる姿が一番美しいってこと?」
「はい」
「じゃあさ、トゥリフェローティタ」
アステルは美しく笑い、トゥリの耳元で囁いた。
「となりにぼくの死体も描いてよ」
あわあわしながら「紙におさまらない」と早口で断ると、別の紙に描けば良いと言われ。トゥリはアステルから、アステルの死体を描くための紙束をもらう。
紙束を抱えて呆然としたまま私室に戻り、アステルの発言を思い出し。
頭の中がぐるぐるした。
(そっ……ええ……?)
トゥリの顔は真っ赤だ。
心臓がバクバクして、どうしようもない。
アステルの発言と表情が頭の中をめぐり、
(えっ アステル様の死体? 死体を描いてほしい……?)
とりあえず今日は描けそうにないとベッドの中に潜り込むも、ずっと頭の中が大混乱していた。
朝起きてから、鉛筆をとり。
でもどうにも描けない。描けっこない。
恥ずかしすぎるからだ。
トゥリフェローティタにとって、えっちな絵すぎるからだ。
(他の人にとっては裸の女体がそうなのかもしれないけれど)
(私にとってはアステル様の死体のほうが何倍も性的だ)
トゥリフェローティタは何度も描こうとしては描けないを繰り返して、頭の中がぐわんぐわんとして、早くこの状況から逃れたいという気持ちだけが募る。
恥ずかしすぎるが、描くよりマシだ。
アステルに謝りに行くことにする。
「アステル様 ごめんなさい、描けませんでした」
「そう……どうして?」
アステルは残念そうだ。
「そ、その……」
「?」
「性的に感じてしまって」
アステルは驚いて目を丸くしている。
トゥリは、穴があったら埋まりたいと思った。
けれどアステルは、静かにトゥリに謝った。
「ああ、そっか、ごめん。
ぼくの配慮が足りなかった」
「配慮?」
「きみが死体に欲情するタイプだって忘れてた」
「タイプ?」
トゥリは恥ずかしすぎて消えたくなった。
(なんでそんなこと知ってるんだろう、そんな話までする仲だったのか?)
「嫌ではないのですか?」
アステルは、窓のそばへ歩くと光を背に振り向く。金色の髪がふんわりと煌めいた。空の色に近い、青い瞳でトゥリを見つめる。
「ぼくってほら、美しいでしょう?
生きているぼくに欲情する生き物っていっぱいいるんだ。つまりぼくは、そういう目を向けられることに慣れてるってこと」
「まあでも確かに生きているぼくに欲情されるのって、あまり得意ではない。すまない気持ちになるんだ。ぼくはシンシア一筋だから、決して応えられないからね。
でも、死んでいるぼくなら、別に良いよ」
「死んでいるなら、良い?」
(欲情されても良い、だって?)
「でもきみは、ぼくに欲情したわけじゃない。
死体だから欲情したんだ」
(そうだろうか?)
トゥリフェローティタはシンシア妃の死体を――ねずみの死体を描いたって、べつに欲情しなかった。
アステルの死体だから、えっちすぎると感じた気がした。
「なぜ、死体を描いて欲しかったんですか?」
「なぜだと思う?」
トゥリはドキドキした。
「アステル様は、死にたいのですか?」
「積極的に死にたいと思っているわけではないよ。今はほら、君のことも気がかりだし……。
でも、五百年も生きてると、憧れはあるんだ」
「憧れ」
言葉を繰り返したトゥリに、アステルは微笑み、告げる。
「死への憧れ」
トゥリフェローティタは私室に戻ると、アステルとの会話を思い出し、また、もだえ苦しむ。
えっちすぎる。




