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3) ルアンという名のむかつく犬


 魔王城の魔物のほとんどが、トゥリフェローティタをバカにしたり、嫌ったりしていたが、ひときわトゥリフェローティタのことを嫌っていて、会うたびに敵意たっぷりの目で見つめてくる魔物がいた。

 

 アステルの愛犬、ルアンである。


 ルアンは紺色の毛並みで、三角の耳と大きな尻尾を持っている。鼻のまわりとおなかと足先としっぽの先が白く、黒い鼻。瞳の色も紺色だ。

 本当は狼の魔物なのだが、魔王城では何故か犬扱いされている。


 トゥリフェローティタははじめ、ルアンがトゥリに敵意を持っているのを喜んだ。

 どうしてこのばかでかい狼が、トゥリを嫌っているのかはわからなかったが。ルアンは明らかにトゥリに『とくべつ』を向けていたからだ。


(嬉しいいいいいいい)


 ニコニコし、あえてちょっかいを出し。

 噛みつこうとしたルアンに城の廊下を追われるのをめっちゃめちゃに楽しんだ。


 だが、ルアンもまたアステルの『特別』だった。シンシア妃同様、アステルと目と目だけで会話をする。

 忠犬ルアンは、アステルが最も信頼する魔物だ。アステルにしょっちゅう話しかけられ、撫でまわされている。

 もふもふもふもふもふもふもふもふ。


 だんだんとトゥリはつまらなくなった。


 渡り廊下の上から。

 魔王城の庭にアステルがつくった、ルアンのためのひろーい芝生で。ボール遊びをしながら、まるで二匹の狼のようにじゃれあうアステルとルアンを見て思った。


(あの犬、殺そう)


(いつも『殺すぞ』って目で見てくるのだから、こっちから殺意を向けたって良いはずだ)



 トゥリは毒にまみれたべちょべちょのごはんを作って、厨房で拾った犬の餌入れにいれる。


「ほら、食べろ、犬」


 唸るルアンの足元に置く。

 ルアンはツーン、とそっぽを向いた。


「どうして食べない?」


 トゥリは餌入れを持ちあげ、ルアンの鼻先に押しつけようとする。


 ムカッときたルアンがしっぽで餌入れをはたき落とそうとしたそのとき、トゥリの後ろから綺麗な手が伸びてきて、餌入れを奪う。


 アステルだ。

 愛犬を毒殺されかけたというのに、微笑ましいものでも見るようにトゥリを見ている。


(何故!? そこは、『なにするんだ』『殺すぞ』って目で見るところでしょう!?)



 アステルは『べちょごはん』を指でつまんでひとくち、口に入れる。


「あ!? えっ!?」

「……美味しくない」


 トゥリはガーン、となる。別においしさを求めたわけではない。でも庭や森で毒草や毒のある実を探したりして、自信作だったのに。

 アステルはこの程度の毒はまるで平気なようだ。


 アステルは餌入れを床に置く。

 トゥリは負け惜しみを言う。


「アステル様、食べるなら床に置いた状態から食べてくださいませんか?」

「え、いやだよ。美味しくないからもう食べないよ、トゥリ」


(お、美味しくないって、2回も言われた……!)



 ルアンはしっぽを振って、アステルの足元に擦り寄る。アステルはローブの内側からおやつを出して、ルアンにあげる。

 ルアンは、食べる。


「トゥリ、うまくいかない理由がわかるかい?」

「いえ……」

「きみがルアンを知らなさすぎるからだよ」


 アステルは廊下に片膝をつくと、ルアンを撫でる。もふもふ、もさもさ。


「ルアンは美食家だし、お皿にもこだわりがある。仲の良い存在からしか物をもらわないよ」


「だからきみがルアンに毒餌を食べて欲しかったら、まず、きみはルアンと仲良しにならないとね」


(そんなの無理だ)


 トゥリは怯えて、ルアンを見る。


(誰かと対等な関係を築くなんて、とてもできない)



「おいで、トゥリフェローティタ」


 トゥリはおずおずと近づく。

 唸るルアンを、アステルがなだめる。

 ルアンは渋々、おすわりをする。


「一緒にルアンを撫でてみよう、トゥリ」


 そこまで提案したあと、何故かアステルはためらった。


「……トゥリの手に、触れても良い?」

「え? ええ、構いません」


 アステルは手をそっとトゥリの手に重ねて、一緒にルアンの背中を撫でる。


「トゥリ、触られるの大丈夫なの?」

「ええ、この程度なら……」


 トゥリにはよくわからないが、アステルは嬉しそうだ。


「トゥリが白くてふわふわの姿のときに、たくさん撫でておいて良かった」



 しばらく一緒に撫でたあと、アステルは手を離す。トゥリはルアンの背を撫でる。

 ルアンは、大人しくしている。


 あたたかい。ルアンの呼吸がわかる。

 毛並みもツヤツヤで、撫でていて心地が良い。アステルが毎日ブラッシングしているからだ。


(羨ましい)


 ぐいっ

 ガブッ


 トゥリは衝動的にルアンの毛をひっぱり、瞬時にルアンはトゥリの手を噛む。


「痛いー!」

「喧嘩しないの、もう」


 アステルがふたりの仲裁に入り、それぞれに回復魔術をかけようとするなか、トゥリは謎に、目を輝かせている。


「……トゥリ?」

「犬に噛まれるのって痛いんですね、アステル様!」

「え、うん……そうだね」

「私も犬になってみたいです!」

「え……? うん……?」


 嬉しそうに興奮して喋るトゥリの手をとり、アステルは回復魔術を使い、綺麗な手に戻す。





 その夜。

 魔王のひろーいベッドの上で。

 アステルはルアンに、腕をがぶがぶと甘噛みされつづけている。


「怒らないでよ、ルアン」


 がぶがぶがぶがぶ。


「きみは食べないと思ったし、仮に食べてもぼくがきみを守ってる。

 毒餌なんて効かないのだから」


 がぶがぶがぶがぶ。


「……ぼくが食べたのも、悪かったよ」


 ルアンは腕から口を離す。

 アステルはルアンの顔を両手ではさむと、至近距離で見つめた。


「ねえルアン。でもぼくも、きみに不満なんだけど。きみさ、お互いに人間のときから、ずーっとトゥリフェローティタを嫌ってる」


「もうトゥリは仲間なんだから、優しくしてあげてよ」


 ルアンの紺色の瞳は、優しい。

 でもそれは、アステルに対してだけだ。


 ベロッ

 顔を舐められて、アステルは辟易する。


「ぼくを黙らせたいときに顔を舐めるのやめてくれる?」


「ルアン、きみはすっごくお兄さん。

 トゥリは魔物としては、赤ちゃんなんだから……」


 ベロン。


 アステルは黙り込む。

 一度、ベッドをでて。魔術で器に水をためて、ルアンに舐められた顔を洗う。


 ルアンはあくびをして、ベッドの上に伏せる。

 アステルは戻ってくると、ルアンに背中を向けて丸くなった。


「……ぼくのことが大切なら、ぼくの大切なものを大切にしてくれたって、いいだろ」


 ルアンはしっぽをぱたぱたしてアステルの足に当てる。肯定とも否定ともつかない反応だ。


 アステルはもう一度、ルアンのほうを向いた。


「……今日はきみも、頑張ってくれていたとは、思うよ。トゥリに撫でさせてくれた。でも、」


 ちゅっ

 ルアンは長い鼻先でアステルの鼻にキスをする。さっき舐めるなと言われたので、キスしたらしい。


「……きみって、ずるい」


 もう今日はいいや、とアステルは負ける。

 勝ったルアンは嬉しそうに、アステルのベッドの上で、ゴロゴロとくつろぐ。


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