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20) プール、毒沼、ナイトプール


 夏。トゥリは、プールにいる。魔王城にある屋内プールだ。シンシア妃がアシカの時代に建てられたらしい。ガラス張りの広いプールは、常夏の植物園も兼ねており、プールサイドに木や花などの暑い地域の植物が植えられている。


 プールに浮かぶトゥリの両手を、金髪碧眼の美しい青年がつないでいる。

 ふたりとも、水着姿だ。


「ほら、トゥリフェローティタ、ちゃんと足をバタバタして」


 ミーロに手をひかれて泳ぎを練習するトゥリの横を、見せつけるように、紺色のオオカミがスイーッと泳いで行く。


(腹立つ……!)



 先日、教育のためにアステルが海に連れて行ったのだが、トゥリは海をなめてかかり、溺れかけた。別に、泳げないわけではない。アステルをどう沈めようか考えていた結果、溺れただけなのだ。だから、泳ぎの練習なんて不要だと訴えたのだが、「心配だから……」とアステルは練習するように命じた。


 そのアステルは、プールサイドでふかふかな白い椅子に座り、凍らせた果物を砕いてジュースにしたものを飲んでいる。下は水着を履いているが、薄手の白いローブを羽織っていて、肌の露出はほとんどない。


 アステルは室温と水温を魔術で調整するために居る。あとは、みんなが泳ぐのを眺めているだけだ。


「ミーロ、トゥリ、ルアン〜 そろそろ休憩したら?」

 

 アステルはまあるい白いテーブルの上に飲んでいたものと同じジュースをふたつ、床の上にルアン用の水を魔術で召喚する。



 トゥリはミーロとルアンに続きプールから上がる。温泉のときと同様に、体をブルブルッとふるったルアンに水をかけられる。


(この犬、絶対にわざとだろ!?!?)


 トゥリの紫の瞳と、ルアンの紺色の瞳が、かち合う。ばちばち。




「ミーロは意外と筋肉質なんだな」


 トゥリは、ミーロの体が羨ましい。

 依代の少年は、ひょろひょろなわけではないが、普通の少年らしい体躯をしている。


(筋肉があるほうが拷問のとき、より相手を苦しめられる……でも試しに運動してみたけれど、死体だから、やはり筋肉はつかない)


 きらきらのプールを背景に、ミーロは誇らしげに、きらきらと笑う。


「ボクはね、セックスのために鍛えてるんだ」

「そ、そうか……」


(まあ、ミーロのセックスが趣味なら、私と似たような動機か……)


 トゥリは、果物のジュースを飲む。

 甘くて冷たくて美味しい。



「アステル様は、プールに入らないのですか?」

「ぼくは今日は、カンシインなんだ。ピピーッて笛を吹く係だよ」

「?」

「父様は異世界転生者だった先代魔王の影響で急に異世界の話をしだすことがあるんだ」

「はあ……」


 生返事をしたトゥリの耳元でミーロがこそこそと話す。


「父様はね、ボクより筋肉がないから比べられたくないんだ。だからプールに入らない」


「ミーロ、聞こえているよ」


 アステルの口はへの字だ。


「確かにぼくは、不老不死の影響で、運動しても筋肉がつかない。ぼくの体は20歳の一時点に戻り続けているんだ」

「アステル様、安心してください。私と一緒ですよ」


 トゥリフェローティタは『筋肉がつかない仲間』に明るい眼差しを向ける。


(死に続けているのと、ある時点に戻って生き続けているのが、性質が似ているのは興味深いな……)



 アステルは微笑む。


「ありがと、トゥリと一緒って言われるとなんだか嬉しい気がするよ。

 でもね、プールに入らないのは別に筋肉が理由じゃないんだ。

 ミーロが原因だよ」


(ぼくが肌を露出するとね、そこにいる愚息がいやらしい目で見てくるのが嫌なんだ……)


「ボク!? 失礼な。それに、父様は何もわかってません! 裸より着衣のほうがよっぽどえっちなんですよ? 下に裸があるのを想像するからえっちなんです」


 アステルは悲しそうに息子を見つめる。


「ぼくは、ミーロが原因としか言っていないのに……」

「はっ……父様、ボクを謀りましたね!?」



 ほとんど同じ顔のふたりがわいわい話す隣で、トゥリは、アステルがプールに入った場合のいじめ方をひたすら考えている。


 けれどこの日、アステルはプールに入らず仕舞いで、トゥリの妄想は実現せずに終わる。


(妄想の中の拷問のほうが甘美なのは、さっきのミーロの話に似ているな)





 夏が終わりかけ、秋の気配が近づいてきたころ。


 トゥリはアステルから仕事の報酬として、「毒のある植物とキノコの図鑑」をもらう。

 リクエストどおりのものだ。


(私が毒のある植物を探すのなんてアステルへのいやがらせのためなのに、くれるんだな……)



 春にもらったリュックを背に、図鑑を見ながら毒草や毒キノコの採取をしていると、アステルが追いかけてきた。

 紺色オオカミのルアンも一緒だ。


「おーい 待って〜 トゥリ〜」


「ぼくもキノコ採りをするよ。毒のあるキノコをトゥリがもらって、ないキノコをぼくがもらったら、効率が良いと思わない?」



 魔王城を囲む森のなかで、みなでキノコを探す。ルアンが(ここほれわんわん)と吠え、トゥリが図鑑で調べて、アステルと仕分ける。


 トゥリが調べるのに飽きると、アステルはひとりで毒のあるなしの分別をはじめた。

 図鑑を見ずとも、できるようだ。


「ぼく、昔は毎年キノコ採りしてたんだ。ここ100年くらいは、サボってたんだけどね」


(最初から、アステルがひとりでやったほうが早かったのでは……?)



 そのうちに毒のあるキノコが増えてきて、トゥリはハッとする。

 ここは以前見つけた、毒沼の近くだ。


 トゥリは、良いことを思いつく。

 キノコを(あれも〜 これも〜)と採りつつ、アステルを毒沼のほうへ誘導する。


「トゥリ、そっちは危ないよ」


 アステルが声をかけたところで、わざと足をすべらせる。

 パシ、とアステルがトゥリの腕を支えた瞬間、ぐいっと回すようにアステルを引っ張り、黒いローブの背中を乱暴に押す。その反動で、トゥリは陸地に帰還する。


「わ!」


 アステルはバランスを崩し、毒沼へと落ちていく。


 ぶくぶく……。



 トゥリはアステルを毒沼に沈める。


 恍惚として見るも、束の間。



「トゥリ」

「ぎゃあ!」


 アステルが浮かび上がってくる。

 トゥリはやや恐怖する。


(毒に溶けてゾンビのようになっているのでは!?)


 そう思ったが至って普通だ。

 紫のドロっとした液体に濡れているだけだ。

 沼の底に足がつくようで、アステルは胸から上を毒沼から出す。顔にべっとり張り付いた、濡れた金髪をかきあげる。


「ぼくね、きみに言っていないことがある」

「なんでしょう」

「ぼくって毒、無効なんだ」

「はい????」


 目が点になったトゥリのそばに、ワナワナ震える生き物がやってくる。


(あ……ルアンを忘れてたな)


 トゥリはルアンに微笑み、両腕を広げる。


(ルアン……噛み殺して、いいぞ!)



 ルアンは唸り、走り、トゥリにタックルする。


 トゥリフェローティタも毒沼に落ちる。


 アステルがめちゃめちゃに焦っている姿を、トゥリは毒沼に溺れながら見る。


 ぶくぶく……。





 トゥリは気がつく。

 トゥリの体は、白いナメクジに戻っているようだ。


(どこだ、ここ)


 ガラス張りの天井から月明かりが差している。光を辿ると、綺麗な水の存在に気がついた。魔王城の室内プールだ。


 水の上に、まあるいガラスのなかに魔石の灯りを入れたものがいくつも浮いている。お花や動物のかたちをしているものもある。


 夜のプールに浮かぶたくさんの灯り。

 幻想的な光景だ。



 アステルは上半身裸で水着姿だ。


(は、裸だ……!?)


 アステルは白くて大きな板のようなものに仰向けに寝そべり、水に浮いている。目をつむってプカプカと。

 おなかの上に両手を重ねていて、その手の甲の上に、トゥリは乗っている。



「ア、アステル様……何しているんですか?」

「夜のプールを楽しんでいる、きみと」


 アステルはトゥリを手のひらの上に乗せて、起き上がる。


「体がベトベトで気持ち悪かったし、きみの体もどうにかしなくちゃいけなかったのだけれど、魔王城温泉で流したらみんなに迷惑でしょ?」


 プールサイドに少年の死体が転がっている。結界のなかで、修復しているようだ。


 その近くで、ルアンが丸くなっている。



「それから……ああそうだ、夏も終わるのに、ぼくは一回もプールに入っていないって気づいたんだ」


 アステルはトゥリを、水に浮かぶ白い板の上に下ろす。


「ほんとはね、ミーロのことだけじゃないんだ。

 このプールに来ると、シンシアがアシカの頃に一緒に泳いだのを思い出しちゃうんだよ」


 青い瞳は、プールに浮かぶたくさんの灯りを見つめる。


「でもね、今、トゥリと楽しんでいたら……プールって楽しいなって思い出したよ。

 ありがとね、トゥリ」


 アステルは嬉しそうなのだが、トゥリはそれどころではない。足元が不安定すぎて。


(ひ、ひえ〜!)


 アステルをプールに沈める妄想ばかりしていた罰だろうか。トゥリがプールに落ちそうだ。



「あれ? トゥリ、こわいの?」

「泳ぎの練習なんて無意味だったって、わかりました!」

「そんなことないよ、白くてふわふわなトゥリもきっと泳げるよ……がんばってみて?」

「無理です! 私の手は、短すぎる!」

「毒沼じゃないんだから、がんばれるはずだよ」


 アステルは、なんだか少しいじわるな表情だ。

 トゥリはもうひとつ、アステルのいじわるを思い出す。


「アステル様が毒無効なら、私はなんのためにキノコを集めたんですか!?」

「毒に詳しくなることは、トゥリが自分の身を守ることにも繋がるよ」


 アステルはのほほんと答える。


「ぼくも義理のお父さんに、毒についていろいろ教えてもらったんだ」

「どんなねずみですか!?」

「え、ねずみではなかったよ……?」


 足元不安定にあわあわしているトゥリに微笑み。アステルは、もう一度仰向けに寝そべると、白い板に魔術をかけて、プールの上をゆっくりと進み始める。


「うーん 良いナイトプールだねぇ」


 トゥリは板の上をすべり、アステルの腰あたりにぶつかる。


「アステル様! 私をアステル様の手に乗せてください!」

「きみからぼくに触れてほしいなんて、嬉しいな」


 アステルは、トゥリを掬い上げるようにそっと、手のひらに乗せる。


(こ、この魔王〜!!!!)





 翌々日、トゥリはミーロに自慢する。


「アステル様とナイトプール? をした」


 ミーロは書類を取り落とす。


「え、え〜!?!? ナイトプールゥ!?

 ……なんで呼んでくれなかったの?」


 書類を拾いながら、聞く。


「えっちだった?」

「え? いや、アステル様は生きているし……」

「キミは何を言っているの?」



「それで、トゥリフェローティタは何の用?

 わざわざボクを捕まえて、自慢しに来ただけ?」


「えっと……ミーロ、泳ぎを教えてくれてありがとう」


 トゥリは後ろ手に持っていた、綺麗にラッピングしたお菓子を、ミーロに差し出す。


「私が作ったんだ、どうぞ食べてくれ」


 ミーロはふんわり笑って、トゥリからお菓子をもらう。


「へえ キミにもこんな可愛いところがあったなんてね……ありがとう、いただくよ」


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