19) シンシア妃とデート 後編
翌朝。
トゥリは、ほとんど眠れていない。
(シンシア様は、大丈夫だったろうか……)
小さなねずみのことが気がかりで、トゥリはシンシアの部屋に赴く。
部屋のドアは少しだけ開いていた。
中から、くすくすと笑う声と、キューキューとやわらかなねずみの声がした。
隙間から部屋を覗くと、アステルとシンシアがそれはそれは、仲睦まじく過ごしている。
ソファーに座るアステルの肩の上で、ねずみはくつろいでいる。
ふたりはまるで付き合いたての恋人たちのような雰囲気だ。
(心配して損した……)
ミーロがやってきて、ひょい、とトゥリの頭の上に頭を乗せるようにして、同じく部屋の様子を伺う。
すぐに見るのをやめて、伸びをしながら城の廊下を歩いて行った。
「あーあ まーた、ねずみが増えるよ〜」
「ねずみが、増える……」
トゥリは目を点にして去るミーロの背中を追う。
「増える……????」
(どうやって……????)
トゥリは、魔王城という名の宇宙に放り出された気分になる。
夕方、トゥリはアステルの執務室に呼ばれる。ドキドキしながら、部屋の扉をノックする。
(さあ、来い、拷問……!)
執務机に向かったまま、アステルは、さらっとこう告げた。
「ぼくのシンシアが悪さをして、ごめんね」
心なしか『ぼくの』が強調されているが、それだけだ。
トゥリは、拍子抜けした。
アステルはわかっていたようだ。
シンシア妃が魔石を使ったのであり、トゥリの企てではないことを。
「でもね、トゥリ。シンシアには気をつけて」
「気をつける? なぜ?」
「シンシアは可愛いけれど、牙を持つねずみだよ」
「噛むと仰っていますか?」
アステルは目をぱちぱち、とした。
「きみは普段、聡いのに、シンシアのことになると途端に鈍感になってしまうね。
なぜなんだろう? 相性の問題なのかな?」
アステルはとん、とん、とん……と執務机を人差し指で叩いている。
「きみは、噛まれたでしょう。だからぼくは、きみを咎めずに、『ぼくの奥さんがごめんね』って話をしているんだよ」
「んん……?」
トゥリは首を傾げる。
アステルは心配そうだ。
「シンシアに恋しちゃダメだよ、トゥリ」
トゥリは笑う。
「ねずみに恋するわけがないじゃないですか。
私は、アステル様にも恋なんかしていませんよ」
アステルは目を丸くした。
「えっ? ぼく?」
「先日、ミーロがそう言ったので、先に否定しました」
アステルはおかしそうに笑い、机に頬杖をつく。
「500歳のおじいちゃんでもいいなら、ぼくに恋しても良いよ。
でも、ぼくは決して、応えられないけれどもね」
「アステル様、そういうところですよ。
アステル様って本当にひどい人です」
「なるほど、ぼくとシンシアはお似合いの夫婦ってわけだね」
トゥリは小声でつぶやく。
「今にみてろよ」
「ん? トゥリ、何か言った?」
「なんでもありません」
アステルは、トゥリとの会話を切り上げる。
「ミーロは廊下にいる? トゥリの次に呼んだんだけど」
トゥリはチラッと確認し、伝える。
「いません。呼んできましょうか?」
「あ、いや……仕事を片付けつつ、待ってみるよ。来なければ、様子を見に行ってみるよ」
トゥリは私室に戻るとベッドに横になり、シンシアにもらった金貨を持ち、見上げる。
(私はアステルに、とくべつな顔をさせたい。
でもそれは、恋と呼ぶのは相応しくない)
部屋の明かりに、トゥリの指先で金貨はチラチラと輝く。
(ずるくてひどいアステルから、どうにか……主導権を奪い返したいだけだ)
トゥリも、アステルを手のひらの上に乗せたい。乗せる瞬間が、欲しい。
(ま、私は、アステルの死体には、恋をしているかもしれない……それは、内緒だ)
アステルは、仕事をすすめる。
夜遅くなっても、ミーロはやってこない。
ため息をつき、渋々、ミーロの部屋へ赴く。
「あっ やっと来たあ♡」
ミーロは、半袖の白い襟付きシャツを着ているが、生地がものすごく薄く、肌が透けて見える。下は下着姿で、天井から下がる縄で、ミーロ自身を縛り上げている。
わざと宙吊りになるように縛られており、そばに垂れ下がる縄を引っ張ると、ミーロが天井に向かい上がっていく仕組みのようだ。
「父様ぁ……母様の家のカギをかけ忘れてゴメンナサイ 罰として自分で縛り上げておきましたぁ♡ どうぞその縄を引いて、ボクをもっともっときつく締め付けてくださぁい♡」
アステルは驚かない。
顔は死んでいるが、頭は冷静だ。
(トゥリにお願いしなくて本当に良かった……。悪影響すぎるし、友人に身内のこんな痴態を見せるのは、ちょっとね……)
アステルは……500歳代だ。
変態の息子、もしくは息子の変態に向き合いはじめて200年経っている。
(ミーロは、この縄を引いても喜ぶし、無視して去っても喜ぶよね)
アステルは指を伸ばし、縄に触れ、縄のみを瞬間的に燃やす。
「あっづ……!」
媚びる声を保てなくなったミーロは、床に叩きつけられる。
しかし、ミーロも負けられない。
ミーロも日々、アップデートしているのだ。性的なことへの研鑽を重ねているのだ。
「父様って本当にドSですよねえ♡ ボクが縛られている縄を燃やすなんて……それに、ボクがひとりでボクを縛るのに、どれだけ時間かかったと思ってるんですかあ?」
「ミーロ」
アステルは目を閉じ、部屋に結界を張りはじめる。
「謹慎して。3日間、部屋から出ないで」
「えっ だ、誰か呼んでも良いですか?」
「ダメ。えっちなことしないで。鍵の件、反省して」
結界の構築が完了し、アステルは目を開ける。
ミーロは目をまあるくしている。
「えっ こっ、このまま……こんな昂ぶった体のまま……? 部屋に置き去りにするんですか?」
「食事は運ばせるし何冊か本も貸してあげる。哲学書か何か。特に不自由すると思わない。
でも、えっちなことは禁止します」
「お、お情けをください、父様ぁ」
「ダメ。反省して」
ミーロは不満そうな顔をする。
「トゥリフェローティタはどうしました?」
アステルは淡々と答える。
「今回の件はミーロの不手際と、トゥリを嫌っているシンシアが、トゥリを陥れようとしたいたずら。つまり、身内が悪い。
トゥリは、被害者でしょ」
「あーっ また、そういう! ずるいずるい!」
ミーロは、駄々っ子になる。
「父様は、あの子が可愛いだけじゃないですか! 元はといえばあの子が母様を見ていたのが悪いのにっ あの子も謹慎にしないなら、ボク、納得しません!!」
「トゥリは謹慎にしても悠々過ごすだけだと思うよ。むしろたぶん、投獄を希望してくる」
「ううー! ボク! ボクが折檻します!」
アステルは、(えー?)と思う。心配する。
「ねえ、ミーロ。ミーロは、トゥリに気をつけたほうが良いんじゃない?」
「えっ?」
「赤子で童貞と思ってなめていると、痛い目を見ると思うんだ」
物理的に痛い目にあっているアステルの言葉は重いのだが、ミーロはまさか魔物の生き神である父親が、魔物としては赤子の少年に、首を絞められたり髪を引っ張られたりお腹を全力で蹴られているとは思わない。
「はは、ボクが負けるわけないじゃないですか、このあいだだって制圧できているのに。
ついでに、トゥリフェローティタの童貞を奪ってやりますよ」
「でもね、ミーロ。きみは、彼に似て優しい。面倒見が良い」
「……」
(ほ、褒め……!?)
ミーロは、叱られているのに急にやさしい声で褒められて、情緒がめちゃくちゃになる。
「心配しているよ」
「と、父様ぁ……」
「じゃあ、はい、哲学書」
目をうるうるさせたミーロに、アステルは魔術で呼び寄せた哲学書を押しつける。
「父様の鬼畜……」
そう言いながらも、ミーロは真面目に謹慎する。
謹慎の結果、哲学書でも興奮できるようになり、またレベルをあげたという。




