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18) シンシア妃とデート 前編


 カラカラカラカラ。


 トゥリフェローティタは、シンシア妃を見ている。


 アステルを怒らせるためではなかった。

 アステルは仕事で城をあけており、それでアステルを攻撃して遊ぶこともできず、つまらず。


 朝早くから暇つぶしのために見ているのだ。


 部屋の扉はわざと、開けている。発見した者によっては、愛しい牢屋が待っていることだろう。


(アステルに嘆願してからだいぶ経つ。

 拷問の希望を捨ててはならない)


(魔物によっては良い感じの折檻をしてもらえるかもしれないし、逆に折檻し返せるかもしれない)


 カラカラカラカラ……。


「あれ? トゥリ?」


 ミーロがやってきた。

(鞭打ち王子か、悪くないな)


母様(かあさま)を見てるの?」

「ええ」



 ミーロは小さな鍵を、黒いローブの内ポケットから取り出す。


「母様、おはようございます」


 ミーロはシンシア妃に挨拶して、ごはんの準備をする。ねずみが舐めると水がでてくる魔石の調子をみたり。

 それを、メモを見ながら行っている。


「父様は本当に細かいな〜 そう思いません? 母様……」

と呟きながら、葉物やカラフルな餌なども加えて、ごはんを完成させた。



「王子らしくない仕事だな。誰か他の者に託せないのか?」

「父様は、基本的に身内にしか母様を託さないんだ。身内以外に触られたくないんだってさ」


 ミーロはため息をつく。


「トゥリもはやく父様の信頼を得て、世話を手伝ってよ……母様がねずみのうちはいいけど、トラとかゾウになったら絶対に大変だよ」


 トゥリは、白いゾウの上に乗ってポヤポヤと移動しているアステルを想像する。


「ま、信頼を得るのは無理か。キミじゃあねえ」

「なんだと……?」


 ミーロは、アステルと違って歯に衣を着せない。


「ほどほどにしておきなよ〜」


 変態王子はひらひらと手を振ると、パタンと扉を閉めて出て行ってしまった。


(閉めていいのか? 扉……)



 カラカラカラカラ……。


 シンシアは、回し車を回していたかと思いきや、ガラス越しにトゥリフェローティタを見に来た。


 トゥリは困る。

 ミーロがシンシアに話しかけていたのを思い出して。


(わかるのか? ことば……)


「えっ……と、良い天気ですね……?」

「キキッ!」


 ねずみ語でしか返ってこない。

 トゥリは、努力するのをやめる。


「……シンシア様は、ずっと箱の中にいて、窮屈ではないですか?」


 シンシアは、返事をしない。


「どうしてアステル様と結婚したんですか? あんなひどい人だって知っていましたか? 結婚した相手がアステル様じゃなかったらきっと、もっと自由でしたよね?」


 シンシアはキョロキョロとあたりを見回している。


「転生を繰り返すなんてことを強いられずに……わ、わああああ」


 シンシアはガラスの箱から飛び出して来て、トゥリの服に飛びつく。小さな白ねずみが体をのぼり、這い回る。トゥリは硬直する。『生き物だらけの部屋』を思い出し、背筋が凍るが……。


「ふ、ふは、あははははは」


 シンシアが小さすぎて、動きまわられると、くすぐったくてたまらなくなった。


「シンシア様 やめ、やめてください くすぐったい あはは やめて」


 トゥリがガラスの箱に渡すように腕を伸ばすと、その上を テテテテ と、シンシアは家に戻る。餌箱からひとつ餌をくわえて戻って来て、もう一度、トゥリの手にのぼる。


 トゥリが手のひらを開くと、シンシアは立ち止まり、餌を食べはじめる。


(え、か、可愛い……!?)


 トゥリは頬を赤らめる。


 半年前、シンシアを見る嫌がらせをしていたころ、トゥリはこのねずみに無関心だった。

 ねずみを見るというより、ねずみを通してアステルの反応を見ていたからだ。


 けれど今、アステルは関係なくシンシアとはじめて向き合って……白ねずみのあまりの美しさと愛らしい仕草に、トゥリフェローティタは目が離せなくなった。


 同じような境遇に、同情したからだろうか。

 それともトゥリが手を握れば、潰せてしまうような命だからだろうか。

 それとも。


(私が手を握るだけで、シンシア様の命は終わってしまう。アステル様の大切なシンシア様の命が)


 トゥリはうっとりと、白ねずみを眺める。


 シンシアは餌を食べ終わると、そのままトゥリの手のひらの上で毛繕いをはじめた。


(可愛い……)



 トゥリは、ミーロがガラスの家を閉め忘れて、シンシアが出てきたことに気づく。


(ミーロもアステルに殺されるんじゃないか? これ……)


 ミーロの言葉を思い出す。

『身内以外に触られたくないんだってさ』


 トゥリは、背筋がぞくぞくした。


(流石のアステルも、無視できないのではないか)


 けれど温泉での、アステルの言葉も思い出した。


『トゥリは親しい友人だから……家族が増えたみたいで、嬉しいよ』



「えっ あれ?」


 手のひらの上から、シンシアが消えている。

 広い部屋のなかを、気ままにお散歩しているようだ。


(ますます、私みたいだ)


 ガラスの箱からでて、シンシア妃の部屋という名の広い空間を冒険しはじめた。


 王妃であるから当然だが、トゥリフェローティタの部屋よりも広い。

 人間のベッドなどはないが、アステルがシンシアと一緒にくつろぐためのソファーはある。



 シンシアは何かを口にくわえて戻ってきて、トゥリの手のひらに落とす。


 金貨だ。

 トゥリはびっくりする。


「わ、私に……?」

「キキッ!」


 シンシアは可愛らしく微笑む。


(もらって大丈夫なのか……?)


 シンシアはまた、トゥリの体を駆け下りてどこかへ行く。トゥリは、シンシアが壁の中に消えていることに気づく。

 壁の下のほうに、目には見えないネズミの穴があいているようだ。隠し部屋だろうか。


 シンシアはまた、金貨を一枚持って、壁から出てくる。


(シンシア様の宝物部屋が、あそこにあるのだな)


 いかにも物語が好きなアステルが考えそうな仕掛けだ。



 計3枚の金貨を、シンシアはトゥリの手の上に乗せた。


 トゥリは、人間の街でいつか遊ぶときのためにお金が欲しかった。だから、シンシアがトゥリの手に乗せた3枚の金貨を、貰いたかった。


(シンシア妃は、私が妃をガラスの箱から解放したと思って、お礼をしているのかも……)


「シンシア様も、お外に出たいんですね」



 トゥリは、気づく。


 トゥリは今、密室にシンシア妃とふたりきりでいる。このままシンシア妃が逃げてしまったりしたら、トゥリの罪はますます重くなる。


(まずくないか……?)


 シンシアはまた、壁の隠し穴から何かを持ってくる。


 シンシアは金貨の上に、キラキラと光る綺麗な青い石を落とす。まるで、アステルの瞳の色のような――


(これ……)


「キキッ!」

 シンシアはその石に触れる。

 瞬間、トゥリは、やわらかな春風を感じた。




 トゥリとシンシアは、タフィの町を見下ろす高台に転移する。


「え……?」


 アステルと来たときのような雪の積もった景色ではない。木々も芽吹き、足元も華やいでいる。

 あたたかい。春の花が、綺麗だ。


 シンシアは金貨3枚と青い魔石の上で、トゥリに微笑む。

「キキッ!」


 トゥリは、ゾワッと鳥肌がたった。


(これは、一介の魔物のやっていいことを、超えている)


 シンシア妃の脱走を手助けした。

 トゥリフェローティタ自身も、魔王城から脱走した。


 一緒に、脱走した。



 すべて、シンシアがやったことだ。


(でも、たかがねずみにそんなことができると、誰が信じる?)


 トゥリの心臓が、バクバクと音を立てる。


(だけど、シンシア様に罪はない。

 外に出たかったのだろう……)


(チャンスだ、そう思おう。

 アステルにボコボコにされるチャンスだ。本当に殺されるかも……でも……)


 トゥリは可愛らしい白ねずみに罪はないと信じ、微笑みかける。


「シンシア様も、一緒に、タフィの町に行きます……か……?」


「シンシア」


 冷たい声色だった。


 振り向くと、アステルがそこにいた。

 アステルは、トゥリを『殺すぞ』という目では、見てくれなかった。


 トゥリのことは眼中になく、シンシアだけを見ていた。


 トゥリは、ぞっとした。

 アステルが、シンシアにすごくすごく怒っているのが、わかったから。


 罪のないシンシアを庇おうと、何か言おうとしたが、あまりの空気感に言葉がでてこない。


 けれどシンシアは、全くもって平気なようだ。


 トゥリの手のひらの上で、アステルの顔を見上げて、小さな白ねずみはわらう。

 まるで、『なにか?』『アステル、なにか言いたいことでもあるの?』というような感じだ。



 アステルは、怒っている。


「シンシア、きみ、きみって本当にひどい。

 ぼくはきみに、きみはぼくに約束したのに。

 きみはいつも、ぼくからなにもかも、奪おうとする」


 シンシアは、トゥリの体を駆け降りて。

 アステルのところへ行き、アステルの手のひらの上に乗り。

 媚を売るのかと思えば、挑発を続ける。


 アステルとシンシアのバッチバチっぷりに、トゥリは背景の春の木々と同化した気持ちになる。

 そしてふたりは、転移魔術で消えてしまった。



 トゥリは本当に、置き去りにされる。


(え!?)


 アステルに見つかったのだから、連れ戻されると思ったのに、放置される。


(私を魔王城に閉じ込めているのは、アステルだろう!?)


 矛盾している。



 トゥリは、しばらくふたりが帰ってこないか待つが、帰ってこない。


 トゥリは、寂しくなる。

 トゥリは、ふくれる。


(やっぱり私は、アステルの特別なんかじゃない。ただ、魔王城にて監視されている『危険な魔物』だ)


(いや、でも……これはチャンスだ)


 これ幸いとばかりにタフィの町を楽しむことを決めたところで、首根っこを誰かにつかまれた。

 誰かはぜーぜーと息を切らしている。


「はい、回収〜」

「あ、あええ? ミーロ?」

「信じられる? 父様、『トゥリフェローティタを忘れてきた』だって。慌てて来たよ。

 まったくもって意味不明だよ、夫婦ふたりして、なんでこんなヤバ魔物を忘れられるんだ?」


「意味不明なのは同感だが……ミーロ、タフィの町で、一緒に遊ばないか? ほら」


 トゥリは、シンシアにもらった金貨と魔石をミーロに見せる。

 ミーロはその中から、魔石だけをパッと回収した。


「あ……!」

「だーめ。タフィの町はボクのふるさとだよ。トゥリを放牧したいとは思わない」

「なぜ? ふるさとなら案内してくれ」

「やーだよ」



 トゥリはミーロに連れられて魔王城に戻る。


 トゥリは、何もお咎めがなくて居心地が悪い。そもそも拷問を希望してシンシアを見ていたことが発端なのに……。


「私、牢屋に入るべきか?

 鞭を打ってくれ、ミーロ」


「キミの前で鞭を出すのはもうこりごりだよ。

 でも、おしりぺんぺんなら、やってあげるよ?」

「ズボンの上からか?」


 ミーロは天使のように微笑む。


「もちろんズボンも下着も脱ぐんだよ、トゥリフェローティタ」


 トゥリは牢屋で、笑顔のミーロにおしりぺんぺんされる自分を想像して、ウゲーとなる。


「ぜっったいに嫌だ」

「じゃあもう、部屋に戻ったら?

 父様が命じていないのに、牢屋に来られても、牢屋番もきっと、大迷惑だよ」


 ふたりはまさかのお咎めなしで、それぞれの私室へと戻る。


〈補足〉

シンシアのトゥリに対する「キキッ!」は、すべて「しね!」と言っています。

シンシアは正義感が強く、魔物いじめをするトゥリフェローティタが大嫌いです。

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