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16) 憂さ晴らしに鞭を打つ 後編


 ミーロはアステルの寝室の中に、トゥリフェローティタを全力で投げ入れる。


 ガコッ ゴトッ ゴンッ

 魔術も用いて、扉の反対側の壁まで飛ばした。


 トゥリは壁に当たり、さかさまになるが、ずるずると落ちてくる。腰から下はさかさまに壁にもたれかかり、上半身は床の上。両手をバンザイするように投げ出して、すぴすぴと眠ったままだ。



 パッと部屋の灯りが煌々とついた。


「な、なにごと???」


 叩き起こされたアステルがベッドから出てくる。ベッドの上では丸くなったルアンが、眩しそう〜 に目を細めている。


 アステルは見る。ミーロは、お洒落して出かけた様子だが、いまや酷い有様だ。日頃、手入れを怠らない自慢の金髪はボサボサだ。手に持った背広も、シャツもよれている。緩んだタイをそのまま身につけている。見た目に気を配るミーロらしくない格好だ。


 アステルはすごい音を聞いた先に、同じくお洒落したトゥリフェローティタがさかさまに寝ているのを見る。

 ミーロと対照的に、トゥリはなんだか、幸せそうに寝ている。


 それからアステルは、ふたりの良質な服に赤いものが飛び散っているのに気づく。


「えっ 血!?」


 アステルは慌てる。


「えっ 血だ、血、血……誰の血???」


 アステルは首を傾げる。



 ひとがたの魔物は、表面上は人間と同じ血色に見える。けれど、ナイフで切ってみるとわかる。他の魔物の血の色と同様に、青いのだ。


 少量であれば人間に見せかけ赤と偽ることもできるが、大量に出血した場合は魔術も使えなくなるので、偽ることができない。


 魔王だけが、伝統的に赤い色をしている。

 他の魔物の血は、青い。

 そうであるから、ふたりの血ではない。


 アステルが血を流していない以上、ふたりの服についているのは人間の血ということになる。



 ミーロは口を開く。


「知らないおじさんの血です」

「えっ なんで……?」


 アステルは、眠るトゥリフェローティタの頬にぺち、と優しく触れる。すると、トゥリの体も服も血が消えて綺麗になる。


 いつのまにかミーロが背後にいるのに気づき、アステルは振り返る。


「ミーロも」

「なんでこいつのほうが先……」

「えっ?」


 様子のおかしい、うつむく息子の頬に、アステルは触れる。血のついていない綺麗な姿になった息子に、(うんうん、ミーロはこうでなくっちゃね)と微笑む。



 ミーロは顔を上げ、父親とバチっと目が合うと、さかさまに眠るトゥリを指差し、まくしたてた。


「父様 こいっ こいつ 本当に頭おかしいですよ!?!? なんなんですかこいつ!!!」

「トゥリフェローティタだよ」

「知っていますよ!!! 簡単に人間殺しかねないじゃないですか!?!」

「え、やっぱり人間の街に連れていったの……? ダメだよ、トゥリはテンション上がると簡単に放火とかするから、やめといたほうがいいよ」


「はやく言っておいてくださいよ!? こんな子だって教えずに、この子とセックスしろってボクに言ったんですか? 父様、ひどい!!!!」

「童貞のうちはたいしたことできないでしょ」

「童貞の鞭打ちじゃなかったですよ!?!?!?」


 アステルは、トゥリを起こしたら可哀想だ、と考える。トゥリと話したい気持ちをこらえて、もう一度トゥリに触れる。


 トゥリはパッとその場から消えて、トゥリの部屋のベッドの上に転送される。



 ミーロはいつのまにか部屋の椅子に、勝手に座り。高そうな果実酒のボトルを魔術で呼び寄せ、抱えている。


「ボク、父様の部屋で飲み直しますから! こっから動きませんからね! トゥリフェローティタについて教えてくださらなかった、父様が悪いんですよ!?」

「やだよ 帰って、ミーロ」

「やだやだ! つきあって! 父様!」

「ぼくはきみと晩酌したくない……前に晩酌したときのこと、忘れてないからね。

 それに、きみをこの時間に部屋に置いておきたくないよ。ぼくの方が先に寝ちゃいそうで……」


 アステルは眠そうだ。


「触らないし、キスしないから! ちょっとだけ! ちょっとだけお酒に付き合ってくださいよお」

「いやだよお」


 アステルはけらけら笑い、問答無用でミーロに優しく触れ、ミーロの部屋に転送する。



 アステルは小さくため息をつくとベッドに戻り、ルアンに話しかける。


「何言ってるんだか……ぼくの知るトゥリと、ミーロの感じ取るトゥリが同じひとのはずがないのにね」


 ルアンは身を起こし、アステルのまわりをぐるっとまわって体をしっぽで撫でて挨拶すると、ベッドから出る。


「あれ? ルアン、どこか行くの?」


 去り際にチラッと振り向いた目に、アステルは察する。


「ああ……ありがと、おやすみ」


 アステルは部屋の扉がパタンと閉まるのを見届けると、毛布にもぐりこみ、すやすやと眠った。




 ミーロがやさぐれながら、私室でひとりで飲んでいると、ルアンがやってきた。


 ミーロの目には、紺色の狼のうしろに後光が見えた。


「ル、ルアンおじさまあああ」


 ミーロは床に膝をつき、歓迎のあまりルアンをぎゅっと抱きしめる。

 もふもふもふ……もふもふもふもふもふもふ……。



 ルアンの前足は、ミーロの幼少期、まだ人間だったルアンが『高い高い』をしてくれた手で。

 紺色の毛並みは、ミーロが少年でルアンが子オオカミの頃から、ずっとずっとミーロを癒し続けたあたたかな毛並みだ。


 ミーロは、しょうがない神様の子どもだ。

 ルアンにとっては。神様もしょうがなければ、その子どももしょうがない。


 ルアンはミーロの頬に、優しく顔をすり寄せる。



 ミーロは酔って、泣いている。


「やっぱり父様はダメですよ。あのひと、ボクに最低限の愛情しかないんですよ……睡眠欲に負ける愛情なんです……。

 おじさまだけですよ、小さな頃からずっと、ボクを可愛がってくれるのは……えぐえぐ」


 ミーロは、こぼれ落ちる涙を手でぬぐう。


「どうしてボクは、ボクは実子なのに、いつも父様は冷たくてっ どうして父様は、養子みたいに地下からのぼって沸いてきたトゥリフェローティタが可愛いんですか!?」


「あんな あんなやつなのに! あんな酷くてサディストで残酷で最低なやつなのにー!!!!」


 ルアンは、(ミーロがアステルにえっちないたずらするからだろうな……)と思うが、言えないので、「わん……」と言う。


「あいつ あいつのせいでっ ボク 行きつけのお店を無くして……!」



 ミーロはトゥリについてすこし愚痴ったあと、アステルのことをひたすら愚痴り。だんだんと眠くなってきて、スーツのまま、ルアンをもふもふしたまま、ベッドの上で眠くなっている。


 しばらく沈黙してルアンが(寝たかな?)と思ったあたりで、ぽつりとつぶやいた。


「でもね、おじさま。そういえば……ボクに、『似てない』って言いました、あいつ。

 ボクはボクだって言いました。

 ボクの何がわかるっていうんだよ。

 でも……うれしかったです」


 すや……とミーロが寝入ったのを確認すると、ルアンは毛布を口でくわえてミーロにかけて。魔石の灯りをしっぽではたいて消して。


 そっと、ミーロの部屋をあとにする。





 翌朝。トゥリは気持ちよく目覚め、伸びをする。


(たくさん鞭を打って、スッキリしたなあ〜!)


 トゥリは、スッキリしたらアステルがセックスしてくれなかったのも、ミーロをベッドに送ってきたのも小さなことに思えてきた。


(アステル様は神様ではない。神様の役割を押し付けられただけの、人間だ。もともとは、私が鞭で打って壊した男と大差ない。

 だから、仕方がない。)


(私のすべてを受け入れてくれなくたって、それは、仕方ないことなんだ。

 ミーロと違って、私の親でもないのだから)


(でもじゃあ、アステルは……私のなんなんだ?)


 友人とするには、アステルがトゥリにしていることは――度を過ぎている気もした。



 トゥリはアステルに呼ばれ、機嫌よくアステルを訪ねる。

 アステルは少しおどおどしながら、謎にテンションの高いトゥリを迎えた。


「おはよう、トゥリフェローティタ」

「おはようございます、アステル様!」

「あのね、このあいだは……きみの気持ちを考えずに息子を送って、ごめんなさい」


 トゥリは笑顔を向ける。


「いえいえ、まったくもって、構いません!

 私も、アステル様を呼び捨てした挙句、人でなしだなんて言って、髪引っ張っておなかを全力で蹴って、本当に申し訳ありませんでした」


「あ、あのね! その話なんだけど、ぼく、呼び捨ては、嬉し……」

「私、今日、やりたいことがあるんです! なのでこれにて、失礼しますね!」

「あっ トゥリ トゥリ……」


 トゥリがすぐに帰ってしまい、アステルは扉が閉まるのを見届けると、しょぼん……とした顔をした。



 トゥリフェローティタは私室に戻ると、もう一度、人間の町に行く準備をしようとする。


 トゥリは、とーっても楽しかったので、また行きたいと思ったのだ。


 部屋を見回して、気づく。


(あれ……? そういえば私は、カバンのたぐいを、何も持っていないな……)


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