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15) 憂さ晴らしに鞭を打つ 前編


 トゥリフェローティタは、アステルに怒っている。ひとつは、断りもなくミーロをベッドに送り込んできたことを。

 もうひとつは、それがミーロだったことをだ。


(私のベッドに、我が子を送ってくるんじゃない! 人でなし! 魔物! 魔王!)


 アステルにした暴行を、ミーロにしなかったという保証はないのだ。トゥリはタイミング次第では、ミーロもボコボコにした自信があった。


(親なら、子どもを大切にしろ!)


 部屋を出て行く直前の、ひどく傷ついた顔が思い出されたが。


(あすてる……アステル様が悪い!)



 ぷんぷん怒りながら廊下を歩いていると、黒いローブを着た誰かにぶつかった。『誰か』は、ためらいなくトゥリの両肩に手を置いて、目を合わせ、優しく微笑んだ。


「そう。ぜーんぶ、父様(とうさま)が悪いよね」

「ミーロ」


 ミーロは片耳にピアスを下げていて、遊び人っぽさがある。よくよく見れば、瓜二つでも、細部がアステルと大違いだ。



「失恋のトゥリフェローティタ。ボクと遊びに行かない?」

「失恋? 別に私は、アステル様に恋なんてしていない。ただ、特別を向けられていないだけだ」


 ミーロは驚いた顔をした。


「贅沢だなあ」

「贅沢?」

「なんだっていいよ、むしゃくしゃするときは遊ぶに限る。ボクなんかトゥリフェローティタの見た目より幼い頃から遊んでいたよ」


(王子という身分でどうしたらそんなことになる?)

 トゥリは疑問だ。アステルやシンシアは、ミーロを構わなかったのだろうか。


「いかがわしい店には行かない」

「美味しいお酒が飲めて、美味しいご飯が食べられるお店だよ」

「いかがわしくないのか?」

「そりゃ、ボクの馴染みの店だもの。ちょっとはいかがわしいよ。でもキミは、キミのやりたいことだけすれば良い。一緒に憂さ晴らししよ?」



 ミーロはトゥリを、ミーロの衣装部屋に連れて行く。中は広く、男物の服もあれば女物の服もある。……どう考えても性を売り物にしている男女しか着なさそうな、えっちな服もある。


「こういうのも着るのか?」

「仕事で必要があれば、なんだって着るよ」

「ドレスも?」

「女装、大好きだよ。見る?」


 ミーロは写真を持ってくる。写真なので色はわからないが、長い髪に美しいドレスを着た、絶世の美女が写っている。アステルやミーロの母や姉と言われてもわからないくらいの出来栄えだ。


「アステル様に言われてしていることか?」

「いいや? ボクはボクを生きているよ」


(それならまあ、いい)

 いまだアステルへのもやもやが晴れず、うつむいたトゥリの頬に、ミーロは指先で触れた。


「ボクのこと、気にかけてくれるの?」


 顔を上げたトゥリに、ミーロはふわっと笑った。


(あ……アステル様そっくりだ)


「優しいんだね、トゥリフェローティタ。トゥリって呼んでもいい? ボクも、ミーロで良いから」


 ミーロは仕立ての良いスーツに身を包み、人間の貴族のような格好をすると、トゥリにも年相応の貴族の少年のような格好をさせた。


「似合う似合う。王子様みたいだよ、トゥリ」



 転移した先は煌びやかなお店だった。娼館と食事どころの合わさった店のようだ。ほとんど下着ではないか? というくらい薄い布地のドレスを着た女性たちが給仕している。


 トゥリはそれを見ても(薄……)くらいにしか心が動かないことに気づく。もし全員が死んでいたらまあ、悪くはない。でも、アステルの死体にはかなわない。


 ミーロは常連かつ上客のようだ。店の対応が手厚い。案内されたのは薄いカーテンに隔たれた奥の個室だった。ソファーがふかふかすぎて、小柄なトゥリは、上手く座るのに苦労する。


 席に着くなり、ミーロは手短に注文を済ませた。ほどなくしてお酒と料理が届き、トゥリは肉や魚の料理を口にする。

(美味しい)

 味の確かな店のようだ。



 憂さ晴らしをすると言って誘ったくせに、お酒を口にしたミーロは、真面目な話をはじめた。

 現在地について。


「踊り子の国 ホレフタルはかなりの男尊女卑国家だよ。まあ、父様の母国コルネオーリも似たり寄ったりだけどね」


 トゥリは大陸の地理はなんとなく知っている。アステルが物語を話しながら、地図を見せて「これはどこそこの話だよ」と教えてくれたからだ。


「キミが今着ている死体は、父様がエオニア国で拾ってきた。エオニアはアサナシア教の中心地で、たぶん、キミの母国だ」


「アサナシア教は、歴史的には、魔物たちが信仰しているタフィ教と対立している。

 アサナシア教は魔物を排斥する教えで、タフィ教は魔王信仰だから、まあ、合うはずがないよね。多くの魔物は、アサナシア教を敵と捉えている」


「けれど父様は、魔王となって以降。アサナシア教と真っ向から対立するのではなくて、隠れながら、地道に味方を増やし、魔物の勢力をのばすという道を選んだ」


(何の話だ?)


 ミーロに果実酒をすすめられるが、トゥリは断る。


「やろうと思えば、アサナシア教を根絶やしにできるだけの類まれなる魔力を持ちながら、平和の道を選んだんだ」


「ボクはずっと疑問だったことがあって……父様はタフィ教の生き神でありながら、親アサナシア教なんだよね。こっそり隠れながら、アサナシアの女神像に祈ったりしていた。

 家族は知っていたけどね」


「ええ……?」


 トゥリは、アステルと初めて会ったときに、「返す」とアサナシア教の聖典をもらったことを思い出す。


「コルネオーリにいた頃、アサナシア教徒だったからなのかなとか 色々考えたけどはっきりとはわからなかった」


 ミーロの青い瞳のなかに、トゥリが映っている。


「でも、キミが生まれてきてわかった。人間のときのキミが、アサナシア教の聖職者で父様の友人だったからだよ」


「つまり、もともとのキミは、平和主義者な父様の、考え方の根っこをつくった存在と言えるんだ」

「はあ」


 トゥリは話に興味をなくす。


「だから……父様にとってのキミは、とっても特別な存在だって、ボクは思うけれどね」



「そもそも、もともとの私を覚えていないから、同じ存在だと思えない」


 トゥリは静かに話す。


「それに、私の目指す特別は、そういうのではない」

「じゃあ、どんな?」

「いっときでいいから、アステル様の強い感情を独り占めにできるような」

「強い感情?」


 ミーロは怪訝な表情をする。



 そのとき、店のさらに奥のほうから、悲鳴や物が壊れる音が聞こえてきた。

「何?」

 

 バタバタと行き交う女の子たちのひとりを、ミーロは呼び止める。


「何かあったの?」

「奥で、厄介なお客様が暴れていて……嬢の鞭打ちが弱いって怒っているんです」

「ボクが打とうか?」

「えっ お客様にそんな真似させられません」


 ミーロは背広を脱ぐと、トゥリに託す。腕まくりをしながら女の子に笑いかける。


「大丈夫だよ、ボクは鞭打ちのスペシャリストだよ。見てなって」


 ミーロとトゥリは奥に移動する。

 鞭打ち用の部屋らしき部屋に、暴れていたであろう半裸の男がいた。女の子たちを逃すようにして、ミーロとトゥリが部屋に入る。

 ミーロはくすくすと笑う。


「なんだおまえらは、女王様たちはどうした?」

「女の子の鞭打ちじゃ物足りないんでしょ? ボクが打ってあげるよ」

「野郎の鞭打ちなんか受けたくな……」


 ビシッ、とミーロは男の足先に鞭を打つ。

 調教するように。


「誰にものを言っているの? そのうち打って欲しくてたまらなくなるに決まっているよ」



 ミーロは、男に鞭を打つ。

 男は最初は、よろこぶ。

 しかし次第に、文句を言うようになった。


「弱い! ああ、弱い! もっと強く打ってくれ、もっと!」


 男の背中はすでに、傷だらけでかなり出血している。

 ミーロは困惑する。


「いや、これ以上やったら死ぬでしょ……この人、薬でもやっているのかな?」


 背後から、少年の弾んだ声がした。


「ミーロ、かして」

「ん? トゥリも、鞭打ちをやってみたいの?」

「はやく」


 振り向き見た紫色の瞳は、らんらんと輝いている。


(トゥリフェローティタは、鞭打ちに興味があるんだね。知らなかった)


 ミーロが鞭を渡した瞬間。

 トゥリは男に向き直り、ヒュンッと猛スピードで鞭を振り下ろした。一切、ためらいなく。


「死にたいなら、死ね!」



 トゥリはすさまじい速さで鞭を振り下ろし続け、男は流血を繰り返し、死にかける。

 死に瀕した男を、トゥリは神聖力で回復させる。そしてまた、楽しそうに鞭を打つ。


 ミーロは、目の前の光景が信じられない。

 女の子たちも(見てられない)という空気になり、血に染まって行く部屋を遠巻きに見守る。


 男は最初よろこんでいたが、だんだんと声がか細くなり。二度目の回復のあたりで、震え出した。

「もうやめてくれ、もうたくさんだ」と命乞いをはじめる。その声を聞いて、トゥリはますます嬉しそうに鞭を打ち始めた。


 ミーロは部屋から出ていないため、スーツに細かな血が飛びながらも、目をしばたたいて生き生きとしたトゥリを見る。


 まるで鞭を打つためにアステルに体をもらったかのような、その姿。


(あれ、ボク、トゥリにお酒をのませたっけ? いや、断られたような気が……え、この子、素面でこれなの……?)


 ミーロはトゥリの神聖力事件のあたりは仕事で外に出ていたため、トゥリが城で狼藉を働きまくっていたのを知らない。

 投獄されていたのを見たから、何か悪いことをしたのだろうとは思っていたが……。


(父様? ボクに大切なことを伝え忘れていませんか……?)



 何度目か回復させたあとで、男がもう泣きもせず、物を言わない人形のように壊れてしまうと、トゥリはつまらなさそうに言い放った。


「飽きた」


 銀髪の美少年はくるっと振り返り、部屋を遠巻きに見ている女の子たちに笑いかける。


「男ばっかり打つの飽きた、疲れた。

 だれか、打たれたい女の人はいないかな」


 ひとりの女性が仲間たちを守ろうと、勇気を出す。


「し、死んでしまうと思います……」


 トゥリは、その女性の間近まで近づき、満面の笑みで見上げる。

 

「それはよかった!」


 鞭を後ろに持つ小さな両手は、血に染まっている。

 

「生きている人が傷つくのも良いが、死んでくれるのなら、もっと良い!」

「ひっ……」



 ミーロはトゥリの腕をとり、背負い投げ。部屋の中央に戻すように床に打ちつける。

 拘束しようとして神聖力で抵抗され、魔術で昏倒させる。


 魔術を使ったことで、魔物だとバレる。


 店内は、大いにざわめく。悲鳴をあげて逃げて行く人、人、人。

 誰も聞いていなさそうだが、ミーロは呟く。


「お騒がせしました」


(死人を出す前に帰ろう、聖騎士隊が魔物討伐に来る前に帰ろう、もう……静かに帰ろう)


 ミーロはその場に、多めにお金を置く。


 気絶したトゥリフェローティタを背負い。いつもなら足取りを追われないように人間のふりをして歩いて出るところだが。トゥリも重いし、めんどくさいので、魔王城まで、細かな転移を繰り返す。



 ミーロはこの店を、長らく人間のふりをして嗜んでいた。お気に入りのお店だった。

 トゥリフェローティタのせいで通えなくなってしまった。


 ミーロの中をさまざまな思いが駆け巡るが。

 ミーロは静かに城に帰り、スーツのタイを緩めると、アステルの寝室をノックして。


 結界が(ほど)けたのを確認すると扉を開け。

 トゥリフェローティタを、アステルの寝室の中に全力で投げ入れた。


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