14) 憧れの添い寝
ちゅんちゅん。
トゥリフェローティタは耐えきった。
正確には夜明け前に、少年の体が夜なべに耐えきれず。楽しそうに猥談するミーロをほっぽって寝た。
ミーロは、寝ていない。
朝日の中、ぐーすか眠るトゥリを見つめている。
コンコン、とノックの音がした。
「おはようございます、父様」
「おはよう、ミーロ……トゥリフェローティタはどうだった?」
「味を聞いていらっしゃるんですか?」
「え? いや、違うよ。様子を聞いているんだ」
「一晩中、ボクから耐えていて、今、ほら、ぐっすりです」
「きみが誘惑して耐えたの!? すごいなあ、トゥリは」
愛する我が子に向けるような眼差しで、アステルは眠るトゥリを誇らしげに見る。
その眼差しから、ミーロは目を逸らす。
「この子ほんものですね、父様に狂ってますよ」
「どちらがどちらに狂っているのやら」
アステルはこぼした。
ミーロは、知っていた。
(トゥリフェローティタは、父様の宝物だ)
だからアステルからこの話を貰ったとき、ミーロは乗り気だった。「宝物を好きにして良い」だなんて、ミーロまで特別になった気持ちがした。今までの努力が報われた気がした。
それから、アステルが頑なにシンシアとしか寝ないのを知っていたので。
(トゥリフェローティタも父様に懸想するなら、他のあまたの魔物と同じく、ボクの獲物だ)
アステルは「セックスに興味があるみたいだから、もしトゥリが頷いたなら、きみが教えてあげて」と言ったが、ミーロはそれだけだとは思わなかった。一片の気持ちもなく、アステルにそんな冗談を言うとは思えなかったからだ。
そして実際、トゥリフェローティタの中にはなんらかの『想い』があった。
だからミーロが来て、泣いていた。
(……かわいそ)
ミーロはとなりにいる父親の、善意しかないが、それでいて人の気持ちの機微に疎いところをよく知っている。
(みんな、ボクにしておけばいいのにな)
同じ美しさなら、優しく見えて棘の鋭い花よりも、よっぽど癒してあげるのに……と、トゥリの寝顔を見ながらミーロは思う。
「見てごらん、可愛い寝顔だよ、ミーロ」
「はい、堪能しました」
ミーロはベッドの上から降りて、アステルのとなりに並び立つ。
「父様はこういうお顔が趣味なんですか?」
「趣味……? 考えたこともなかった」
「トゥリはもともとこういう顔だったから、血縁者から探して、こういう顔の依代を用意しただけだよ。まあ、死体だから成長しないけどね」
「成長されたら困りますものね?」
「……我が子って怖いなあ」
(成長したらきっと、ますます父様の好みなんだろうなあ……)
(成長したら、首を絞められたり暴行されたときに抵抗できない……騒ぎになるとトゥリは立場を失うし、ぼくはルアンに殺される)
親子の考えは、ややずれている。
「父様の寝巻き、今ここでお返ししますね」
「え、いや、いいよ……急に全裸にならないでよ……」
返事も聞かず脱ぎ始める息子に、アステルは困惑する。ミーロのローブやよく来ている服をイメージして魔術で呼び寄せ、渡す。
ミーロはそれを、あえて時間をかけて着る。
「父様に包まれているようで、とても良かったです」
「直接返してもらわなくて良いから、メイドに渡してよ……」
そういいつつもアステルは服を受け取る。
「父様、冷たい……」
「傾国の美女ごっこはもういいよ、トゥリは靡かなかったのだから。
それよりミーロ、寝不足かい?」
ミーロは体調が悪そうだ。
「寝不足よりも、えっち不足ですよ。父様、お相手してくださいますか?」
「いやだよ」
「ですよね。どっかの誰かの腕の中で眠ることにしますよ」
ひらひら、と手を振りながら、ミーロは部屋から出て行った。
残されたアステルは、思う。
(ちょっと、からかってみようかな?)
トゥリフェローティタが起きたときにミーロのふりをして隣にいようかと思ったのだ。
アステルは、ミーロに渡された寝巻きをそのまま着る。
(ミーロのうそつき、ミーロのにおいがするよ。すごく良いにおい、どこの国の石鹸を使っているのかなあ……ミーロは努力家なんだ……なんていうか、食虫植物みたいな息子だなってちょっと思うけれど……)
アステルはトゥリのベッドに入るのに、躊躇する。
(ルアン、怒るかな……でも、一緒に眠るわけじゃないし……朝だから……大丈夫だよね、ほんのちょこっと、からかうだけ)
アステルは、トゥリのとなりに横になると。
トゥリの寝顔を間近で見る。
(うわ、うわわ……嬉しいというよりも、良いのかなあ、こんなことして……)
アステルは、少し迷って。
そっと、銀色の前髪に手を伸ばす。
その瞬間、トゥリは目を覚ます。
「アステル様」
トゥリは、ミーロとアステルを間違えない。
「出ていってください」
「え!?」
おはようを言う間もなく、トゥリは淡々と告げる。
「お、怒ってるの? 息子がなにか……」
「貴方だ」
「え?」
「貴方がしたことでしょう」
トゥリは、身を起こす。
アステルの金色の髪を、ぐいっと引っ張り上げる。
「い、痛……」
「出て行け」
「ちょっと待って、話を……」
トゥリは、髪を引っ張ったまま、アステルの脇腹を全力で蹴る。アステルはベッドから転がり落ちる。ドガッ ガシャンッ。
混乱とともに見上げたアステルのことを。ベッドの上に立ち、トゥリフェローティタは紫色の瞳に強い感情を光らせ、睨む。
「いいから、でていけ、アステル」
(よ、呼び捨てだ……!)
「この人でなしが」
パタン。
アステルは部屋を出る。
廊下にしゃがみこむ。
人でなし。
(えっ ぼくのこと……?)
アステルは元人間であって、人間ではない。
けれどアステルは、500年の間、人間であろうと努力してきた。それが妻との約束だったからだ。魔王でありながらも、人間らしい生活や考え方を心がけてきたつもりだ。
人でなしと言われた悲しさと、呼び捨ての嬉しさがないまぜになり、アステルは膝を抱えてトゥリフェローティタの部屋の近くに座り込む。
けれど扉は開かない。
城で働く魔物たちがアステルに気づく。
「魔王陛下? いかがなされましたか?」
「魔王様、御髪が乱れておられますよ。メイドを呼びましょうか?」
「陛下……? 寝巻きで寒くないですか……?」
みな、心配そうに声をかけていく。
これ以上、ここに座っていても騒ぎになるだけだと悟ったアステルは、とぼとぼと私室に戻る。




