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13) ミーロという名のいやらしいミミック


 夜。ギシ……とベッドの軋む音にトゥリは目を覚ます。横向きに寝ていたが、何者かがベッドに入ってきたことに身構えながら顔をあげる。


 アステルが、そこにいる。


(な、ななな何故!?!?)


 昼間、挑発したのはトゥリフェローティタだが、あの反応でまさか夜這いされると思っていなかったので、トゥリは戸惑う。


 アステルはローブを着ていない。白くゆったりとした寝巻き姿だ。月明かりに照らされて、金色の髪がきらきら、さらさらときらめく。


(さらさら?)

 わずかな違和感と、それをねじ伏せるような美しさ。

 アステルはトゥリの顔の横に手をつくと、微笑む。ゆっくりとトゥリに口づけようとする。


(あ、)

 記憶の中でアステルが言う。


『トゥリ、触れても良いかな』


(アステル様ではない。アステル様はこんなことをしない。こんな、同意をとらずに襲うような真似は)



 トゥリは手をのばし、口付けを阻止する。


「何者だ?」


 アステル? は目をまるくし、顔を離す。


「アステル様を、騙るな!」


 ニセモノは金色の横髪をかきあげ、ピアスの揺れる耳を、ちょんちょん、と指で指し示す。エルフに似たかたちの耳だ。アステルと耳の形がちがう。


(やはり、アステル様じゃない!)


 顔も背格好もそっくりだ。顎先まで伸びる金色の髪も。ただ、髪質が少しアステルとは異なるようだ。


 青年は、ぼそぼそ、と小声で喋る。

 青年の声は、アステルよりも低い。


「気づかなければ、良い思いができたのに。

 ボク、人間の体と寝るの、上手いんだ」


 青年は笑った。美しい笑顔だが、アステルの笑い方と少し違う。

 魔物らしい笑い方だ。

 トゥリは怯えるが、怯えを隠して話す。


「貴方は、インキュバスだな!」

「よく言われる。でもボクは、インキュバスではない。ミミックだよ」


 ミミック。相手を幻術にかけ、騙して何かを手に入れる魔物だ。


 ミミックはアステルの姿のまま、こてん、とトゥリのとなりに横になった。

 トゥリは、見知らぬミミックと顔を突き合わせるかたちになる。


「まあ、キミにその気がないならいいんだ。でも、言いつけだから一晩、一緒にいてもらわないと」

「い、言いつけ?」


 見知らぬミミックの見知った顔を見ながらトゥリは聞く。


「アステル様に言いつけられて、ここに居るということか?」

「そうだよ」


 インキュバスでもミミックでも関係ない。

 トゥリは、アステルが別の者に自分の相手を頼んだことに気づく。


『ぼくは、シンシアとしか寝ないと決めている』


 トゥリの目に涙が浮かぶ。

(なぜ? なぜ涙がでる? 冗談だったのに)

 トゥリは、自分が傷ついていることに、傷つく。


 ミミックは慌てた。


「ああ! 泣かないで、トゥリフェローティタ。ますます怒られてしまうよ……ボクはね、えっちなことが得意なんだ。父様(とうさま)はえっちなことといえばボク、と思っているから、ボクに頼んだというだけのことだよ」

父様(とうさま)?」

 

 トゥリの涙がひっこんだ。

 アステルに瓜二つの美しいミミックはベッドの上で手を伸ばして、トゥリの指先にそっと指を絡め、優しく微笑む。


「そう、ボクはミーロ。この魔国の第一王子だよ。はやくキミに挨拶したいって思っていたよ。ベッドの上でごめんね」


 しおらしくしたかと思えば、ミーロは、急に捕食者の目をした。


「でも、ベッドの上が、ボクの主戦場だから」


 ミーロは、トゥリの目元に残る涙にキスをする。


「んな、な、なな!?」


 トゥリは飛び起きる。

 ベッドの上に座ったまま、ずささ、と壁まで後ずさる。

 ミーロも体を起こし、魔物らしく笑う。


「あは、キミって可愛いね」


 トゥリはハッとする。

 ボソボソと喋る声に聞き覚えがあることに気づいて。



「……貴方は、牢屋で、鞭を打っていましたか?」

「そうだよ。父様に懸想したり反逆しそうな魔物をこらしめるのはボクの役目のひとつだからね、でも……」


 ミーロの目にも、涙が浮かぶ。


 ベッドの上に座り込み。月明かりに照らされて泣く青年の姿は、あまりにも美しかった。女性と見紛うほどに、美しい。

 けれどトゥリは察する。トゥリが泣いたから、このミミックも泣いたのだ。


 完璧なまでの泣き真似だ。


(この王子、良い性格をしているぞ!?)


「キミに聞かせたことで、ボクはたくさん怒られたよ……父様はキミが大事なんだ、ボクじゃなくてね?」


 ミーロは、トゥリの頬に指を寄せる。そして、呆然としているトゥリに口付ける。


「――っ!?!?」


 ファーストキスをアステルではない者に奪われて、トゥリは青い顔で唇をおさえる。


 やさしい、甘いキスだった。目の前にいるのが本物のアステルでないことを除けば、完璧なキスだ。ちょうど、だれもが、こんなふうにキスされたいと願うようなキス。


「ボクはキミが羨ましいよ、トゥリフェローティタ。ボクはキミになりたい。だから、えっちしよ?」


 ミーロが何を言っているのかがまるでわからない。


「え、えっちした相手に成り代わる能力でも持っているのか!?」

「あはは、そうだとしたら父様と寝たことがあることになっちゃうじゃないか」

「あ、あるのか?」

「ボクは父様といつかひとつになることを夢見てはいるけれど、許してもらえてはいないんだよ」


 トゥリフェローティタは愕然とする。


 アステルは『ぼくにも事情があるんだよ』と言った。

 間違いなく今目の前にいるド変態が、アステルの『事情』だ。

 アステルの息子はド変態で、アステルは牢屋を息子に貸していた。


「キミは、ボクの容姿が気になるんだね?

 キミを誘惑するためにこの姿をとったと思っているんだろうけど、違うよ」


「ボクはもともと、父様に瓜二つなんだ。父様に想いの届かない哀れな者たちみんなと寝るために生まれてきた天使様なんだ」


 自らを天使と称する魔物は、膝立ちになり、両手をトゥリの両頬にそえて、トゥリの顔を上から覗き込む。


「みんな、ボクを求める。父様の代わりに――」


 金色の髪先が、トゥリの顔にかかる。良いにおいがする。


「キミもボクを求めてよ、トゥリフェローティタ」


 空のように青い瞳が、見透かすようにトゥリを見つめる。


「キミと繋がって、キミのことを知りたいんだ。ボクはキミになりたいんだよ。

 キミとえっちできたら――父様に近づける気がする。キミも、そうでしょう?」


 あまりにも近距離で、ボソボソと。

 ささやくように誘惑する。


「ボクを抱いて、ボクを通して、父様に近づいて?」



 トゥリフェローティタは、ミーロを突き飛ばす。


「貴方はアステル様じゃない!! ニセモノだ!!」

「そう? ほとんど同じだよ」

「違う! 貴方はアステル様に、まるで似ていない!」


 ミーロは驚いた顔でトゥリフェローティタを見る。


「どうしてそう思うの?」


(変態だからだ!)

 そう思うが変態を変態と罵ることに恐怖があった。喜びそうだからである。


「まるで似ていない! 貴方は貴方だ!」


 ミーロは頬を赤らめる。

 トゥリは気づかず、まくし立てる。


「私は貴方と、絶対に寝ない!」

「そお? じゃあ、長い夜。何をしようか?」


 ミーロはごろん、とベッドに仰向けになった。


「本当はね、キミの同意がないなら『触れるな』って言われているんだ」


(触れまくりじゃないか!?!?)


「さっきのキスは、あまりにキミが可愛くて、つい――だから父様はボクを罰するよ、きっと。キミに同意なくキスしたから。

 ああ、はやく罰してほしいよ」


(わかる)

 トゥリも罰されたい。

 こんなニセモノの美しさに心を動かされ続けていることに。


 けれど、トゥリには最強のカードがある。

 アステルの死体。

 トゥリにとってアステルの死体よりいやらしいものなどない。断言できる。

 だからそれと比べれば、目の前のインキュバスだかサキュバスだかミミックだかわからない存在は、えっちなどではない。



 ミーロは んー とベッドの上で伸びをしたあと、座り込むトゥリを逆さまに見た。


「言葉だけで、教えてあげる」

「え?」

「セックス。知りたいんでしょう?」


 そのあとで妖艶に笑った。


「言葉で足りなくなったら、触れてあげるね?」


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