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10) 素晴らしきかな、神聖力


 トゥリフェローティタは、とってもとーっても素敵なことに気がついた。なので、ごきげんである。


 トゥリには神聖力があると気づいたのだ。

 人間にとっては癒しの力だが――魔物に対しては?


「ぎゃあーっ」

「素晴らしい」


 トゥリは、小さく練った神聖力を通りすがりの魔物に投げつける。

 当たったところが火傷のように傷んだ魔物が、真冬の池にぽちゃーんと逃げ込むのを見て、あははと笑う。


(私に、こんな素敵な力があったなんて!)


 きっかけは、お祭りで怪我した子どもを癒したことだ。その後、怪我した魔物に同じことをしたら悪化して憎まれた。

 それで気づき、もう、使いまくりだ。

 むかつく相手もそうでない相手も、隙さえあれば、痛めつけて遊んでいる。


(アステル様が、私がナメクジのときに読んでくれた説話集にあった!

『良いことをしたら、返ってくる』だ。

 こういうことだったのか。素晴らしい)



 トゥリは人生を謳歌していたら、アステルの執務室に呼び出しを受けた。


「トゥリフェローティタ……みんなに乱暴して回っているんだって? どうして……」


 トゥリは、神聖力を針のように練り、アステルに向かい投げる。

 アステルは首を傾げて避ける。金の髪がパラパラと2-3本、落ちる。


 アステルの目は、まんまるだ。


「……アステル様?」

「感動している」

「え?」

「あまりにも懐かしい感覚だったからだよ」



 トゥリは、投獄される。

 衛兵たちを引き連れ、鉄格子越しにアステルは、こう話した。


「トゥリ、ぼくはね、いつだってきみの味方でいたいと思っている。

 でもね、こうも無差別に城の魔物を攻撃されると、魔王城が通常営業できなくなるんだ」


 黒いローブを着て凛と立つアステルと対照的に、白い服のトゥリは牢屋に膝を抱えて座り込み、ふてくされている。


「アステル様は『致死的な攻撃をするな』としか仰られていません」

「うん、そうだね。ごめんね。

 だけど、『なにも酷いことをしていないのに、きみにいじめられた』ってみんなが訴えてくるんだよ。

 ぼくは王様だから、こうしないといけない」


「きみに覚えてほしいのはね、『無差別に攻撃をしたら、牢屋に入ることになります』 

 これだけ」


 アステルは衛兵に伝えて、牢屋の中のトゥリに質の良い毛布を差し入れる。

 ふわふわもこもこのクリーム色の毛布だ。高級そうだ。


「きみが寒い思いをしないか心配だよ、トゥリ。

 また、来るからね」


 トゥリよりよっぽど悲しそうな顔をして、衛兵と共にアステルは去っていった。



 トゥリ、今月2回目の牢屋だ。

 アステルの首を絞めたのがルアン以外にバレていないから、2回で済んでいる。


 牢屋は大して寒くないし、毎食パンとスープがでてくる。アステルの温情なのかスープはあたたかいし、折檻もないし……。


(ひまなだけだ)


 トゥリは毛布にくるまり、ぐーすか寝てしまう。




 数日後、トゥリは牢屋からでる。

 翌日、アステルに呼ばれて執務室に向かう。


 アステルは、トゥリが戻ってきて本当に嬉しそうだ。

 トゥリを見て、思わず両手を広げる。が、トゥリが(何をされるのか)と身構えて固まっているのを見て、腕を下ろす。


「トゥリフェローティタ……ハグしてもいい?」

「ハグ?」


 トゥリの怪訝そうな顔に、アステルは少々照れながら伝える。


「ぼくね、この前。

 お祭りから逃げるためにきみを抱きしめたとき、急なことで配慮できなかったのが気にかかってるんだ」


「だから、ハグ……きみを抱きしめることの練習をさせてほしい」


 トゥリは考える。


(アステル様がアステル様の好きなことを私に知って欲しいように、私も私の好きなことをアステル様に知ってほしい)



「私も練習したいことがあるので、それと合わせるのは、どうですか?」

「?」

「私、このあいだ貴方の番犬に噛み殺されて死んだじゃないですか。アステル様なしでも依代と接続し直せるようにしたいんです。

 本体の私の逃げ足が遅すぎるので」


 白くてちいさなトゥリは、『生き物だらけの部屋』における最弱の生き物なのだ。


「たしかに、必要かもしれないね。危ないときにいつもぼくがいて、助けられるとは限らないから……」


「じゃ、今から私、死ぬので。アステル様、ハグしていいですよ」

「え?」


 銀髪の少年が膝から崩れ落ちるように倒れ、アステルは慌てて抱き止める。少年の口からトゥリフェローティタが、のそのそと出てくる。


 座りこんだアステルが、膝の上に抱き止めている少年は、死んでいる……。


(なんか違う!!!)


 すぐそばでニコニコと見ている白いふわふわに、アステルは訴える。


「す、すごく嫌な気持ちなんだけど? トゥリフェローティタ……?」


 トゥリは微笑む。


「最高でしょう?」

「それ、たぶんきみだけだよ……」


 アステルは(信じられない)という顔でちいさなトゥリを見つめる。


「きみのかたちをしているものが冷たくなっていくのが最悪の気持ちだし、そもそもこれは依代であって、きみ本体はそっちなわけだから……今の状態なら、ぼくがハグしたいのはきみのほうだよ……」

「はあ、アステル様ももの好きですね。美しい少年よりもナメクジのほうが良いなんて……」

「そういうことじゃなくて……」


(ナメクジ?)

 アステルは、トゥリフェローティタの本体をナメクジだなんて思ったことがない。

 アステルにとっては、いつだって可愛い、白いふわふわだ。



 トゥリはのそのそと依代の口へと近づく。


「では、アステル様。戻る練習をするので、抱えたままでいてくださいね」

「う、うん……」


 アステルはもう死体を抱えたくなさそうだが、頑張って抱え続ける。


(……トゥリが戻ったら大喜びしてハグしよう)



 トゥリがアステルの力を借りずに再接続するには、かなりの時間がかかった。

 アステルは待つ。

 心の中でトゥリを応援する。



 トゥリフェローティタは、目覚める。

 目覚めと同時に、神聖力をまとう。


 バチイッ


「っ〜〜!?!?」


 トゥリの不意打ちに、アステルは強い痛みを受ける。片手を離してしまうが、(ダメだ!)と気づいてもう一度、両手でトゥリの体を支える。


 トゥリは、思ったほどアステルにダメージが入らず、アステルが手を離さずで残念そうだ。


 アステルの顔をまじまじと見つめる。

 アステルは、心配そうな顔をしている。

 トゥリの期待したような、トゥリを憎むような顔は、してくれない。



 依代の口は、かろうじて動いた。

 かすれた声でトゥリは聞いた。


「アステル様、私が戻ってきて、嬉しいですか?」


 アステルは、ふわっと笑った。


「もちろんだよ、トゥリフェローティタ!」


 アステルはトゥリの体をハグする。

 身体中の接続がうまくいってなくて、アステルの体温も感じられないし、あちこちが動かない。


 だから、トゥリはそれを想像する。

 アステルと手を繋いだときの体温や、ひだまりのような金色の髪のにおいを思い出す。

 想像することで、ハグの練習をする。

 



 そんなことを、日をあけて何度か繰り返して。トゥリは、依代に入ったあと、自力で魔術で接続し直せるようになる。


「おめでとう、トゥリフェローティタ!

 ハグしてもいい?」

「ええ」


 アステルは、銀髪のトゥリをぎゅうっとハグした。トゥリは、アステルにハグされる実際の感覚を知る。


 アステルはトゥリの体温を全身で感じて、嬉しそうだし、楽しそうだし、幸せそうだ。


(何が楽しいんだか……)


 トゥリは、もっと楽しいことを知っている。

 体温が無い方が、楽しいと知っている。




 夜、私室のベッドの上で。

 トゥリフェローティタは依代の口から出てくる。


 トゥリはルアンに殺されて気づいた。それからずっと、再接続の練習を……アステルの協力のもと、したかった。


(死体が欲しいなあって思っていたけれど、)


(まさか、こんな身近にあるなんて思わなかった)


 トゥリフェローティタは、ちいさな白いふわふわの体で、微笑む。

 ぴと、と少年の死体の手に寄り添って、やすらぐ。


「はあ、落ち着く……」


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