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42  作者: カムロ
15/15

第15話(最終話) 境界の向こう側

朝は、静かに始まった。

 カーテンの隙間から差し込む光は柔らかく、

 久しぶりに、世界が“過剰でない”と感じられた。

 一樹はベッドから起き上がり、しばらく何もせずに座っていた。

 胸の奥にあったはずのざわつきが、今はない。

 怖くないわけじゃない。

 ただ、もう——混乱していなかった。

 洗面所で顔を洗い、鏡を見る。

 そこに映るのは、いつもの自分。

 だが、昨日までと決定的に違うことがひとつあった。

(……俺は、ここにいる)

 それが“当番”の感覚だと、理解していた。

   *

 コーヒーを淹れる。

 インスタントの粉に湯を注ぐと、

 短い香りが立ち上り、すぐに消えた。

 それでも構わない。

 必要なものだけで、十分だった。

 マグカップを手にソファへ座る。

 室内は音が少ない。

 沙織がいた頃の音楽は、もう流れない。

 だがその静けさは、空虚ではなかった。

(……沙織)

 名前を心の中で呼ぶ。

 返事はない。

 だが、代わりに“境界”の感覚だけが、確かにそこにあった。

 選んでいい。

 だが、踏み越えるな。

 それで十分だった。

   *

 午後、外へ出る。

 久しぶりに、目的のない散歩だった。

 交差点に差しかかる。

 以前、背中を押された場所。

 信号は赤。

 一樹は立ち止まり、ただ待った。

 横断歩道の白線が、はっきりと見える。

 車の音。

 人の気配。

 すべてが、正しい距離にあった。

 ふと、視界の端に“揺れ”を感じる。

 歩道の向こう。

 街路樹の影の中。

 自分と同じ背丈の“誰か”。

 目を凝らすと、そこにはもういない。

 だが、確信があった。

(……行ったな)

 今日の“役割”は、終わった。

   *

 夕方、部屋に戻る。

 靴を脱ぎ、鍵をかける。

 その一連の動作が、妙にしっくりきた。

 スマホを机に置く。

 録画アプリを開く必要は、もうなかった。

 通知もない。

 42という数字も、今日は目に入らない。

 それでも分かる。

 切り替わるときは、必ず来る。

 そのときまで、

 今の自分が“こちら側”を生きる。

 夜、照明を落とす。

 暗闇の中で、

 自分の呼吸だけが、確かな音を立てている。

 一樹は目を閉じた。

 恐怖は、もう“外”にはなかった。

 それは自分の中にあり、

 役割として、輪郭を持っていた。

 だから——

 もう、逃げる必要はなかった。

 静かな部屋で、

 世界はきちんと眠りについた。

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