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42  作者: カムロ
13/14

第13話 輪郭が重なる

目を覚ましたとき、体が妙に軽かった。

 寝不足のはずなのに、頭は冴えている。

 だが同時に、昨夜の記憶がどこか欠けている感覚があった。

 ベッドから起き上がり、枕元のスマホを手に取る。

 無意識のうちに、歩数アプリを開いていた。

 表示された数字に、指が止まる。

(……多くないか)

 自分の記憶では、昨夜はほとんど動いていない。

 ソファに座り、スマホを伏せ、眠ったはずだ。

 それなのに、歩数は確実に増えている。

 深夜帯に、まとまった移動の記録。

 スクリーンタイムも同じだ。

 動画アプリ、ファイル閲覧、録画アプリ。

 使った覚えは、ない。

(……俺、寝てる間に……?)

 その先の思考を、頭が拒んだ。

 考えた瞬間、胸の奥が軋む。

 キッチンでインスタントコーヒーを淹れる。

 湯を注ぐ音が、やけに大きく響いた。

 マグカップを持つ手が、わずかに震える。

 時計を見る。

 4:42

 以前なら、条件反射のように嫌な感覚が走ったはずだ。

 だが、今は違った。

 胸の奥に広がるのは、奇妙な静けさ。

 理由のない安心感。

(……今は、大丈夫)

 根拠はない。

 だが、そう“わかってしまった”。

 仕事を始める。

 在宅勤務の画面は、いつもと変わらない。

 だが判断の場面で、これまでと違う感覚があった。

 危うい選択肢。

 効率は悪いが、安全な方。

 危険だが、早く終わる方。

 一樹は、あえて後者を選んだ。

(……来るなら、来い)

 だが——何も起きない。

 エラーも、警告も、事故も。

 画面は淡々と処理を進めていく。

 そのとき、胸の奥で、はっきりと理解した。

(……俺が選ばないと、あれは動かない)

 助けるでもなく、止めるでもない。

 ただ“先に動いていただけ”。

 昼過ぎ、ふと沙織の声を思い出す。

 はっきりとした言葉ではない。

 音でもない。

 ただ、感覚として。

――そっちじゃない。

 マウスを動かす手が止まった。

 今選ぼうとしていた操作を、やめる。

 理由は説明できない。

 だが、それでよかったとわかる。

(……沙織)

 姿は見えない。

 だが、そこに“判断”だけが残っている。

 夜。

 部屋の照明を落とし、ソファに座る。

 静けさが、以前よりも自然に感じられた。

 ふと、口から言葉がこぼれた。

「……俺は、二人いる」

 声に出した瞬間、胸が締めつけられる。

 同時に、奇妙な納得が広がった。

 言ってはいけない言葉だった。

 だが、もう戻れない。

 スマホを手に取り、録画アプリを開く。

 新しい動画はない。

 だが、古い動画のひとつに「更新」の表示があった。

 嫌な予感を抱えながら、再生する。

 映っているのは、自分の部屋。

 カメラの位置は、いつもと同じ。

 そして——

 画面の中央に、“自分”が立っていた。

 今までと違う。

 はっきりと、カメラを見ている。

 表情は、落ち着いていた。

 恐怖も、焦りもない。

 初めて、音声が入る。

「次は、お前の番だ」

 画面が暗転する。

 スマホの黒い画面に、自分の顔が映る。

 その横で、もう一つの輪郭が、同じ速度で瞬いた。

 一樹は、目を閉じなかった。

 逃げることを、やめていた。

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