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42  作者: カムロ
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第11話 「残された動き」

夜は、思ったよりも長かった。


 照明を消して横になっても、目を閉じるたびに、あの映像が浮かぶ。

 ソファに座る“自分”。

 マグカップを持ち上げる“自分”。

 だが、決して今の自分ではない動き。


 何度も寝返りを打ち、天井の暗がりを睨んだまま、いつの間にか眠りに落ちていた。


   *


 朝、目覚めたとき、部屋は妙に整っていた。


 掛けた覚えのないブランケットが、ソファの背にきれいに畳まれている。

 テーブルの上に置いたはずのスマホが、端から少し内側へ寄せられていた。


(……俺、やったか?)


 そう思いかけて、すぐに考えるのをやめる。

 最近は、自分の行動に自信が持てなくなっていた。


 洗面所で顔を洗い、鏡を見る。

 目の下に薄く影が落ち、疲労がはっきりと刻まれている。


「……大丈夫だ」


 誰にともなく呟く。


 在宅勤務の朝。

 ノートPCを立ち上げ、メールを確認する。

 特別な連絡はない。


 だが、作業を始めてしばらく経った頃、違和感が積み重なっていく。


 保存したはずのファイルが、微妙に違うフォルダに入っている。

 昨日書いた覚えのないメモが、デスクトップに残っている。


 内容は、仕事の走り書き。

 雑で、急いだ文字。


 だが、その筆跡は――

 確かに自分のものだった。


(……昨日、こんなの書いたか?)


 頭を振る。

 記憶を探るが、空白しか返ってこない。


 昼過ぎ、コーヒーを淹れようと席を立つ。

 キッチンへ向かう途中、ふと足が止まった。


 玄関の前に、靴が一足揃えて置かれている。


 自分の靴だ。


 だが、今履いている靴とは違う。

 古い方。

 ここ数週間、まったく履いていなかったはずの靴。


(……なんで、出てる)


 胸の奥が、じわりと冷える。


 その瞬間、背後で小さな音がした。


 布が擦れるような音。

 ほんの一瞬。


 振り返る。


 誰もいない。


 リビングは、いつも通りだ。

 だが、空気だけが、ほんのわずかに“動いた”気がした。


 その夜、仕事を終えた一樹は、シャワーも浴びずにソファへ沈み込んだ。


 テレビをつける気にもならない。

 ただ、暗い天井を見つめる。


(……俺は、どこまで起きてるんだ)


 昨日見た映像。

 今日見つけたメモ。

 揃えられた靴。


 どれも決定的ではない。

 だが、偶然と呼ぶには、数が多すぎる。


 ふと、テーブルの上のスマホに目が行く。


 画面は消えている。

 だが、その黒い表面に、うっすらと何かが映っている。


 ――自分の顔。


 そして、その隣に、

 もうひとつ、輪郭の薄い影。


 一樹は、ゆっくりと瞬きをした。


 次の瞬間、画面に映るのは、自分ひとりだけだった。


 喉が鳴る。


(……気のせいだ)


 そう思おうとした、そのとき。


 スマホが、ひとりでに点灯した。


 ロック画面に表示された時刻。


 21:42


 理由はない。

 通知も、着信もない。


 ただ、その数字だけが、そこにあった。


 一樹は、ゆっくりとスマホを伏せた。


 部屋のどこかで、

 自分と同じ呼吸の音が、

 半拍遅れて重なった気がした。


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