第2部第2章 接触、異世界は甘くない
守はリーフを低速のまま村の手前で停めた。
窓越しに見えるのは、鍬を持った農夫や、木桶を抱えた村の女たち。
皆がこちらを凝視している。
彼らの目は「歓迎」ではなかった。
「得体の知れないものを警戒する」色が濃い。
「……まあ、そりゃそうか」
守は小さく息を吐いた。
島にだって、見知らぬ車が急に入り込めば、村人は警戒する。ましてやここは異世界だ。
「まもる、いく?」
モモちゃんが首をかしげる。
羽を振って、村人に「やっほー!」とでも言わんばかりに鳴き声を上げた。
しかし――返ってきたのは困惑と怯えの視線。
子どもを抱えた母親は一歩下がり、農具を持った老人は腰を落とした。
「……あー、だめだ。完全に怪しい奴扱いだな」
守はドアを開けて外に出ようとしたが、その瞬間、村人たちがざわりと動いた。
武器と呼べるほどのものではない。けれど彼らは明確に「防衛の構え」を見せている。
「こ、こんちはー……って言っても通じねえか」
守は苦笑しながら片手を上げた。
けれど村人たちの反応は固いまま。言葉は一切通じない。
「……退散だな。帰るぞ、モモ。」
守は車に乗り込み、ゆっくりとハンドルを切った。
まってー、と慌ててモモちゃんも車に続く。
村人の視線を背中に浴びながら、車とモモちゃんは草原の向こうへと引き返していく。
⸻
夕暮れの駐在所。
守は机に突っ伏したまま、盛大にため息をついた。
「……やっぱ、そう簡単にはいかねえよな」
モモちゃんは畳の上でゴロゴロと転がりながら首をかしげる。
「まもる、なにがだめー?」
「いや……異世界なら、こう、よくあるだろ? “自動翻訳スキル発動!”みたいなやつ」
「すきる?」
「……そういうの、ないのか?」
モモちゃんは大きな目を瞬かせる。
「モモ、ことば、がんばっておぼえた!」
「……ああ、そうだったな。お前は努力型だもんな」
守は頭をかきむしり、冷蔵庫を開けて冷えた麦茶を取り出した。
コンセント差しっぱなしの冷蔵庫が問題なく稼働しているのを見て、改めて「電気が使える」ことに安堵する。
「設備は動く。飯もある。水も大丈夫……けど、人と話せなきゃ生活できねえ」
冷蔵庫の扉を閉めながら、守は独り言のように呟いた。
電気設備を点検して安心しても、異世界生活に必須なのは結局「人間関係」だ。
「まもるー、モモ、しゃべる! ひと、しゃべる! いっしょ!」
モモちゃんは胸を張って自慢げに言う。
「……気持ちはありがたいけど、お前はまだ三歳児レベルだからな……」
「みーさいじじゃない! もも、もーっとかしこい!」
「はいはい。わかったわかった」
守は笑いながらも、頭の中では真剣に考えていた。
どうやって村人と意思疎通するか。
絵を描くか、物のやり取りか。
時間をかけて単語を少しずつ覚えるか。
けれど、すぐに頭をもたげるのは――空想と現実のギャップだった。
「……ゲームとか小説だとさ。普通、チートで『会話できました!』ってなるんだよなあ」
「ちーと?」
「反則技みたいなもんだ」
「まもる、できないー?」
「できたら苦労してねえよ……」
静かな駐在所に、ため息混じりの笑い声が響いた




