第4部第33話 怪物vs勇者⑵
ハルクは腕を組み、凪を見下ろす。
「前回より鈍いな。ああ、アイツがいないからか?」
凪は血を拭う。
「アイツ?何のことだ?そして、お前みたいな災害相手に、全力出して街ごと吹き飛ばす趣味はない」
「ほう?全力を出さなくても勝てるって事かよ」
赤い複眼が細くなる。
「バカだなぁ、こっちに来た時に好きに生きる人生を与えられたのに、まだ今まで生きた世界に縛られてるんだな」
凪は肩を回す。骨が軋む。
「違うな、縛られてなんかないさ。選んでるだけだ」
「何をだ?」
「俺が生きる上で、何を捨てるかをだよ」
一瞬、沈黙。
ハルクが笑う。
「弱者の言い訳だな。生きるための選択なんて自分自身だけを考えればいい。だってここには自分が生きる為に必要な存在なんていないだろ?」
次の瞬間、消える。
凪は反応する。
だが——遅い。
鎧武者の剣を砕き、拳が腹にめり込む。
内臓が揺れる。
地面が爆ぜる。
凪の身体が跳ね上がり、屋根を突き破って落ちる。
瓦礫の中、立ち上がるも嘔吐し、額からは血が滴る。
「ほらな、誰かを守るために不思議な力が湧いてくるわけじゃないだろ?」
ハルクは歩いてくる。
「力が全てだ。選択なんてものは強者の遊びだ。
……俺はもう、搾取される側に戻る気はない。」
凪は笑う。
「で、その力で何をした?」
「やりたいことさ」
即答だった。
凪の目が細くなる。
同時に怒りが込み上げる。
村を襲わせて命が散っていった。
こいつがそう思わなければ、今日も牛を世話して、寒い中みんなで集まり鍋をつつく。
そんな他愛無い幸せは壊されたのだ。
「だから村を焼いたのか?」
ハルクは答えず、ニヤリと笑う。
腰を落として踏み込んできた。
今度は避け切れない。
拳。
肘。
膝。
連撃。
剣豪の鎧が砕ける。
黒魔法の詠唱が潰される。
転移を発動しかけ——
拳が顔面に叩き込まれる。
世界が白く弾ける。
地面に叩きつけられる。
石畳が陥没する。
ハルクの足が凪の胸を踏み抜く。
肋骨が折れる音。
肺に血が溜まる。
「選べなかったな」
冷たい声。
凪は笑う。
血を吐きながら。
「今、選んだ。テメェは絶対に俺が殺す。」
ハルクの拳が振り下ろされる。
直撃。
意識が途切れた。
⸻
——静寂。
白い空間。
古びた木製の椅子。
ステンドグラスから光が落ちる。
「やれやれ」
低い声。
目の前に立つのは、あの神父。
「勇者よ、また死んでしまうとは情け無い。貴様もほとほと懲りないとみた。」
凪は古びた椅子に腰かけて天井を向いたまま言う。
「その嫌味ったらしい口調は癪に触るな、それともそういう趣味か?クソ神父。」
「なんと敬虔なる神父を捕まえておきながら、君がそんな事をいうのかね。出来うる事ならここに君が来ない方が喜ばしいだろうに。」
凪はゆっくり起き上がる。
「うし、やるか」
神父は眉を上げる。
「おや、果て無くここに居座れば、もう苦しむこともないというのに、何故死地に赴くのか。まさか勇者は変態の気質でもあるのかね?」
「そういうテメェが変態くさいんだよ、クソ神父が。いちいち癪に障るやつだわ。テメェから先地獄送りにしてやろうか?」
神父は静かに笑う。
「ほう、神父に対して地獄などとは、とてもとても不遜な輩だ。せめて天国だろうよ、私の様に敬虔なる者は。それに貴様では私を殺しえることは不可能なのは前回でわかりきった事だろう?忘れてしまったのかね、嘆かわしい。」
「問題はそこじゃねぇよ。ったく、テメェといると調子が狂う。」
凪は拳を握る。
「そうか?私は貴様しか来ないからこそ、この不遜で不敬な勇者も歓迎しよう。」
凪は首を振る。
「テメェに何言っても無駄か。」
神父は一歩近づく。
「私に説法しようなど、神にでもなったのかな?そんなことよりも死んだ事に対する対策でも練った方が有効な時間の使い方だと思うぞ?」
凪は笑う。
「はっ、違いないな。」
沈黙。
神父の目が細くなる。
「貴様は本当に愚かだ。せっかく自分の力で世界を変える事すら出来うるのにそれをやらないとは。目の前に魔王がいて何をひよっているのか。」
「魔王?拗らせ仮面ライダーだろうが。ひよってなんかいねぇ、他に邪魔になるやつがいたら困るだろ。慎重なんだよ俺は。」
凪は立ち上がる。
「でもな」
静かに言う。
「俺は“選ぶ”。お前らが決めた力じゃなく、自分でだ」
神父はため息をつく。
「貴様は本当にわかってない……だが行くのだな、もう一度」
光が満ちる。
「神のご加護を、次は死ぬなよ勇者。」
凪は笑う。
「保証はない」
世界が反転する。
⸻
夜。
ハルクが振り向く。
砕けた石畳の中心。
血溜まり。
そこに——光。
凪が立っていた。
今度は、笑っていない。
「第二ラウンドだ」
凪の真下では光る文字が浮かび上がって静かに消えていった。




