第4部25話 異世界での取調べ⑴
異世界警察署、地下取調区画。
石壁に囲まれた部屋は、音を吸うように静かだった。
机の中央に置かれている魔道具は、言葉を可視化し、記録する**クオル**が、淡い光を湛えている。
こちら側の言葉ていえば、録音機のようなものらしい。
ディートリヒ・フォン・ヴァルディスは、椅子に座っていた。
両手は拘束具をつけられ、椅子に固定されている。
逃げ場もない。
主取り調べ官は凪。
補佐として遠藤。
そして、後方の壁際に守が立っている。
守は、違和感を覚えていた。
耳に入ってきた言葉が、理解できない。
ディートリヒが何かを話している。
口は動いている。
声も、確かに聞こえているはずなのに。
「……?」
音だけ入ってくるも意味が、頭に入ってこない。
この感覚は異世界で初めて村に来た時と、同じだった。
守は思わず、遠藤を見る。
遠藤は普通に頷き、メモを取っている。
取り調べ室の内側だけが、何の支障もなくディートリヒと会話をしているのだ。
「……あの村の件についてだが」
ディートリヒが、そう切り出した瞬間。
凪の眉が、わずかに動く。
だが——
遮らなかった。
ディートリヒは続ける。
「私は……あの判断を、今でも悔いている。
あの村が焼かれるとは思っていなかった。
勇者がいると聞いていたから——」
そこで、遠藤が手を挙げた。
「うん、そこまで」
柔らかい声。
だが、流れを切るには十分だった。
「それって、謝罪だよね」
ディートリヒは口を閉じる。
遠藤は、椅子に深く腰掛け直し、視線を合わせた。
「今やってるのはね、“弁解録取”なんだ」
指で机を軽く叩く。
「いいたくないことがあれば、あなたには黙秘権もあるけど、スムーズに話を進めたいからなるべく話してねぇ」
一拍置いて。
「村の件は、後で必ず触れる。でも今は——」
遠藤は、にこりと笑った。
「犯罪者集団に肩入れして、結果として内乱状態を作り出したことについて。その弁解を聞かせてほしいんだよ」
クオルが、淡々と文字を刻む。
守は、遠藤の言葉は理解できた。
だが、ディートリヒの返答が、やはり曖昧だ。
——なぜだ?
守は聞き取れない気持ち悪さに、苛立ちを隠せなかった。
ディートリヒは、深く息を吐いた。
「私は……王国に見捨てられたと感じていた」
凪が、静かに頷く。
「ヴァルディスは、元々三国の一つだった。
だが、敗れ、吸収され、属国のような扱いを受けた」
凪の視線は、揺れない。
「王国会議では、常に“数合わせ”だ。戦力も、予算も、最後だ」
守は、そこで気づく。
——今の内容、あの部屋ではわかるのか。
ディートリヒの口は、まだ動いている。
だが、守の耳には、未だに慣れない異国の言葉だ、実際通訳としてアデルがいればなんとかなるからこそ、言葉の勉強は必死にならなかった。
遠藤は、今の不自然を気がついていない。
守は急いで取調室に向かい、部屋に入る。
「あれ?守さんどうしたんだい?」
遠藤が守が入ってきたことに首を傾げる。
「いや、気になることがあってさ。続けてもらって構わないよ。」
「そうなんだ。じゃあ、ディートリヒ君、それで?犯罪者集団が、そこにつけ込んだのかな?」
ディートリヒは、強く頷いた。
「彼らは言った。“勇者を排除すれば、王国は我々を頼らざるを得なくなる”と」
守は、ついに口を開いた。
「……なぁ」
全員が一瞬、こちらを見る。
「俺、さっきから思ってたんだけど」
守は、正直に言った。
「ディートリヒの話、部屋の外では理解できてない」
空気が、一瞬止まる。
遠藤が、苦笑する。
「何をいってるのさー、普通に...あれ?そういえば」
遠藤も気がついた。
言葉が普通に通じているという事に。
凪は、視線を逸らさず答えた。
「この部屋では、俺がいるからな。勇者に話が通じないとストーリーは進まないだろ?」
守は、息を呑む。
こいつ、何いってるんだ?
「じゃあ……現場では?」
——今思えば、屋敷での会話もだ。
ディートリヒの言葉や使用人達に投げかけた、日本語があの時は、確かに“通じていた”。
凪は、淡々と答える。
「勇者の特性だ」
軽い言い方だが、衝撃だった。
「一定の領域内では、どんな人間とも意思疎通が成立する。言語だけじゃなく、概念レベルで」
守は、言葉を失った。
「…どんなチートだよ。」
最初に味わった、苦い思い出の時、こいつがいればなと守は思う。
引き返せなくなった理由を合わせて取り調べは続く。
凪が、核心を突く。
「なぜ、途中で引かなかった。」
ディートリヒは、俯いた。
「……引けなかった。」
言録具が、静かに刻む。
「家族を人質に取られた。密約文書を握られた。王に出せば、即処刑だ」
遠藤が、低く唸る。
「典型的だね……」
ディートリヒは、震える声で続けた。
「気づいた時には、軍事情報を流し、街道が襲われ、平民が死んでいた」
震える声に啜り泣く声が混じり
「……私は、もう“守る側”じゃなかった」
ディートリヒは顔を上げることが出来なくなった、それを見ている凪は、無言だった。
取調べが終わる頃。
クオルは、青白い光を失い、記録を終えた。
遠藤が立ち上がる。
「十分だ。クオルをアデルに回す。王国は、どうするかわからないけど、まぁやる事はやるでしょ。」
守は、凪を見る。
「……アジトに行くんだな」
凪は、短く答えた。
「ああ」
だが、その目には。
捕まえるための光ではなく、終わらせるための影が宿っていた。




