第1部終章 異世界駐在所
朝焼けの光が駐在所を照らす。
モモちゃんは庭で伸びをし、昨晩討伐した親イノシシの骨を誇らしげに背に乗せている。
子どもたちはその姿に大興奮。
「モモちゃん、すごい!」
「駐在所のヒーロー!」
守は頭を掻きながら苦笑する。
「……もう、こいつが家族なのは間違いないな」
「モモー!」
穏やかな日常。畑の手入れ、子どもたちとの遊び、モモちゃんとの掛け合い。
島での生活はスローだが、充実している。
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その夜勤明け。
守は駐在所の自室で、モモちゃんに餌をやっていた。
窓の外には、月明かりに照らされた庭が静かに広がる。
「……モモ、今日は疲れたな」
「モモ、マモル!」
モモちゃんは小さく羽を震わせ、膝に頭をもたげる。
その瞬間、駐在所の床が微かに揺れた。
「……地震か?」
いや違う。建物全体が、ふわりと浮き上がるような感覚。
モモちゃんも羽をバタバタさせ、驚いた声を上げる。
「モモー!?」
次の瞬間、窓の外の景色が一変した。
庭も畑も、子どもたちも、空も、海も――すべて光の渦に巻き込まれる。
守はモモちゃんを抱きかかえ、必死に踏ん張る。
だが駐在所ごと、まるで巨大な羽に包まれるかのように、ふわりと浮き上がった。
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目を開けると、そこは見知らぬ世界。
空は紫色に輝き、地面は見たこともない草で覆われている。
守の足元には、駐在所ごと転移してきた駐在所の建物と、モモちゃん。
まるで夕焼けが空全体を侵食したような、幻想的で、どこか不安を煽る色彩の風景。
駐在所の外壁に反射する紫の光に、モモちゃんは「ピカピカ、きれー!」と跳ね回る。
だが――その奇妙な空は、数分も経たぬうちに、すっと色を失った。
いつの間にか、見慣れた青空と白い雲が広がり、気温も湿度も日本の島とほとんど変わらない。
「……おいおい、どういうことだ」
守は帽子を取り、額の汗をぬぐった。
「さっきまでの紫色は……幻覚じゃないな。駐在所ごと転移したってことか」
「モモ、あれ、まぼろし? でも、すごーくきれかった!」
「まあ……きれいはきれいだったけどな」
守は気を取り直すと、警察官としての癖が出る。
まずは設備の点検だ。ここで生活を続けるために、駐在所がどこまで機能するのかを確かめなければならない。
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守は巡回帳を机に置き、声に出しながら確認を始めた。
「よし、まず電源。太陽光発電は――」
屋根のパネルを見上げる。異世界の太陽でも問題なく発電しているらしく、蓄電池のインジケーターは緑を灯していた。
「発電は正常……蓄電池も稼働。非常電源としては十分使えるな」
「ピカピカのはね、まだげんき!」とモモちゃんが羽を広げ、太陽光パネルのまねをしてくる。
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次は冷蔵庫だ。守は台所へ行き、冷蔵庫の扉を開いた。
ひんやりとした冷気が顔を撫でる。中のペットボトルにはまだ水滴がついており、十分に冷えていることが分かった。
「冷蔵庫も問題なし。コンセントは差しっぱなしで生きてるな……よし」
「ひやっこい! モモ、すき!」
モモちゃんは首を突っ込み、冷気に気持ちよさそうな声をあげた。
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守は次々に確認を進める。
「雨水タンク……よし、残量あり。浄水フィルターも異常なし」
「発電機のバックアップは……動くな」
「パトカー仕様の日産リーフ……充電も残ってる。これなら島一周くらいは走れる」
駐在所は本来、災害時の拠点として設計されている。
備蓄倉庫には島民全員が一週間暮らせるだけの水と食料が揃っている。
それらが、この異世界にそのまま持ち込まれているのは、奇跡に近い。
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「……最低限のライフラインは確保できる。これならすぐには飢え死にしないな」
「モモ、はらぺこじゃない! ごはんあるー!」
モモちゃんは冷蔵庫から勝手にリンゴを取り出そうとして、守に止められた。
「こら、勝手に開けるな。これは非常食だ。今は節約優先だぞ」
「もー! けーさつけーさつ、ケチケチ!」
守は苦笑しながらも、深呼吸を一つ。
異世界だろうと災害時だろうと、まず確認するのは設備と備蓄――それが駐在所勤務の基本。
ここが自分たちの拠点であることを再認識しながら、守は静かに心を決めた。
「……よし。駐在所は生きてる。なら、この世界でやれることをやるだけだ」
モモちゃんは首をかしげて、にやりと笑う。
「モモとまもるの、へんなせかいパトロール、はじまりはじまりー!」
モモちゃんは羽を広げ、警戒するように周囲を見渡す。
子どもたちはもちろんいない。だが守の目には、ここでも守らなければならない対象があると直感する。
「……よし、モモ、行くぞ」
モモちゃんは小さく「モモー!」と応え、守の肩に飛び乗る。
新たな世界での、未知なる日常と警察活動――異世界での冒険が、こうして始まった。




