第4部第16話 共同捜査本部発足
警察署の一室。
冬の線香のような細い光がランプから漏れ、壁の影を歪ませている。
守は机の向こうに座り、凪は少女の肩に毛布を掛けてから、静かに椅子へ腰を下ろした。
少女は疲労で眠っている。
その寝息だけがこの部屋の中で唯一、平和な音だった。
守は深呼吸をひとつ置いて、低い声を落とした。
「……何があった?」
凪は少しだけ視線を伏せ、それから語り始めた。
声に感情は薄い。だが一つひとつの言葉は重かった。
「日数は覚えてないが、北側の森を抜けた村が襲われた。火が上がっていて……住民はほとんど全て殺された。襲ったのは、連合に敵対してる連中の一部だろう。おそらく犯罪者崩れの傭兵、あるいは転移者混じりだ」
守の表情が動く。凪はそれを確認するでもなく続けた。
「俺は……俺がやるべき事をした。犯罪者共を断罪して、生き残りを探して、あの子を見つけた。家族も、村の者ももう戻らなかった。牛が沢山いたが、放置したら寒さで死にそうだった。だから連れてきた。」
「牛って、あれか?」
守の口から自然と零れた言葉。
凪は軽く頷く。
「ああ、あれは牛の群れの中にいた、牛っぽいなんかだな。よくわからないが、害はない。子供が好きなのか、ここに来るまでにメアリーによく懐いた。話が逸れたな、その後、俺たちは王都に向かった。その後は……聞き込みをした。お前たちの街が安全だと聞いた。だから――来た」
守は拳を握りしめ、机の下で震えを抑える。
遠藤は壁にもたれて無表情のまま耳を傾けていた。
沈黙。
だがその沈黙には、互いが抱える棘が散らばっていた。
守はゆっくりと口を開く。
「……死んだと思った」
凪は目を細めた。
「実際、死んだよ」
その言い方は軽かった。
だが守の胸には重く落ちる。
「俺の力で……?」
「……さあな」
凪は視線を逸らす。
守を責める気配はない。しかし赦す気配もない。
「理由は言えない。スキルの仕組みも、どうやって戻ったかも。お前にじゃない、誰にも言うつもりはない。けど一つだけ――」
凪は戻した視線で守をまっすぐ射抜く。
「弱ってる奴が目の前にいたら助ける。俺はそれしかできない。だからここに来た。それだけだ」
守の喉が詰まる。
言い返したいことは山ほどあった。
謝罪も、怒りも、戸惑いも、全部喉につかえて出てこない。
凪も守も、その空白を埋める術を持たないまま、遠藤が口を開いた。
「……まあ、二人の因縁は後でやれ。今は優先順位がある。牛の群れ、居なくね?」
凪は遠藤の疑問に答えるように、インベントリを開く。
空中によくわからない、蜃気楼の様な湾曲がでて、牛が頭を出す。
「おおお!収納スキルまで持っているのか、さすが勇者。万能すぎやしないかい?」
遠藤は空気を読まず、凪の力にはしゃぐ。
はしゃいだと思えば、急に真剣な顔で机に紙を広げる。
「詐欺事件だ。王都でも街道沿いでも被害が拡大してる。しかもパターンが妙に洗練されてる。連合敵対勢力の潜伏拠点がある可能性が高い。王都の商団も被害に遭ってるから、街の経済にも響いてきてる。挙げ句――」
遠藤は凪を一瞥する。
「軒並み、詐欺に遭ったものは相手の情報がうる覚えだってことだねぇ。これはきっと魔法的な何かか、もしくは転移してきた者のスキルなのか。」
守は息を呑む。
凪の表情は変わらない。しかし瞳だけが薄く揺れた。
遠藤は続ける。
「少女と牛?を保護する手続きはこっちでやる。だが……君、どうせ行くんだろ?」
凪は静かに、ためらいなく言った。
「追わない理由はない。あの村を焼いた連中の匂いがする。あと、牛?は連れて行く。」
牛?は凪の言葉がわかるのか、ビクゥッと立ち上がり、震え始めた。
え?なんで僕も?みたいな感じがひしひしと伝わってくる。
守は立ち上がる。
胸の奥の痛みは消えていない。しかし職務は別だ。
「俺達も動く。ここから東の街道を抜ければ、被害が集中してる集落のひとつに出る。そこがアジトの可能性が高い」
守と凪の視線が合う。
わだかまりは解けていない。
心の距離は遠いままだ。
触れれば傷口が開くような関係のまま――しかし利害は一致している。
凪は言う。
「……共闘だな」
守も応える。
「仕事だ。私情は置いとく」
モモちゃんが小さく鳴いた。
牛?は逃げ出そうとしてるのだろうか?部屋の出口のドアに体を擦り付けるのに必死だ。
少女は眠りながら涙を一筋こぼした。
その全てが、この街が抱える影の深さを物語っていた。
こうして――
ぎくしゃくしたまま、しかし避けられぬ連携の一歩が踏み出された。




