第4部12話 ロマンスは突然に⑶
街の酒場は一箇所という事は、そこで密会するだろうと誰もが予想するだろう。
リディアの策略は巧妙だ。
フランはあの日、守が帰った後リディアの身の上話を聞き、それなら一緒に仕事をしないか?という提案をだした。
もちろん下心もあるだろうが、行商人として日々盗賊に脅かされながら旅をするからこその同情もあった。次の日、フランはリディアのために行商を手伝うという名目で前金を渡す。リディアは「自身の商団」の証という金証を見せ、信頼を確立する。
この世界は商団の財務能力毎に、証書とされる色があり、金は最上位にある。
金証に記載されている商団名は、王国御用達の「ゴールドラッシュ」であることがわかる。
それだけでも商人からしたら信頼にあたるものだ。
夜は深く、酒場『金の焼き芋亭』の隅の卓は人の気配でやけに温かかった。守は普段どおりの仕事の後、リディアの調査のために遠藤と食事をしていた。
「どれがホシなのかなぁ」
ゆっくりとあたりを見回す遠藤だが、守は首をふる。
どうやらホシは現れないようだ。
捜査で空振りは慣れているが、ここは異世界だからこそちょっとした焦りもあった。
ーーーーーー
「ねえ、フラン」
彼女は柔らかな声で言った。
名前を呼ばれるたびに嬉しくなるなんて、久しぶりの感覚だ。
「なに?」
「あなたを見かけるたびに、心が安らぐの。話していると、もっと一緒にいたくなるわ」
歯の浮くようなセリフに赤面しつつフランは、小さな優越感に震えた。誰かが自分に好意を持ってくれるという単純な事実が、彼の胸のどこかにぽっと灯をともす。彼の過去はただの小商いで、女には縁が薄かった。誰かに「必要とされる」感覚は、思っていたよりずっと強烈だ。リディアはそれを見逃さない。
「はぁ」とリディアはため息を漏らす。
一体どうしたのか、気になってしまう。
フランの視線に気がついて、まっすぐ目を見ながらリディアは口を開く
「やっぱり困ってるの。荷を盗られて、屋台の再開に必要なお金が足りないの。ここはいい街だから、ここにも小さな店を持ちたいんだけど...」
その「困っているの」というフレーズは純度が高い。両手のひらを見せて、ささやかな弱さを晒す。フランは彼女の手の温度を想像して、気がつかないうちに心のガードが一枚ずつはがれていくのだった。
「まずは旅費の立替だけでいいの。銀貨が少しあれば、次の町で、うちの支店に行って資金をとってくるわ。返すから――」
すでに前金を渡しているにも関わらず、フランはすぐに財布を出し、小さな銀貨を数枚渡す。渡すときの温度、彼女の真摯な「ありがとう」が、彼にとっては十分な報酬だった。リディアは唇の端で微笑んで受け取り、また夜の人波に紛れて去った。フランは帰ってからも、胸の奥がふわふわとしたままで、誰かに知られることを疎ましく感じた。優しくされた記憶は、恥ずかしいほど大事にしたくなる。
しばらくしてリディアは街に戻り、まずフランの所に戻ってきた。そしてちょっとした世間話を交わす。その中にはやはり「あなたといると楽しいの」「あなたの声を聞いてると落ち着くの」という様な甘い言葉を幾重にも重ねる。フランは完全に心を奪われ、二度目の請求をされれば断れないだろう──それがリディアの計算だ。
「支店で問題があって。これがばれたら支店での仕事が別の人に取られちゃうの。頼れる人があなたしかいなくて少し工面してもらえない?」
「いくら必要なんだ?」フランが問うと、リディアは一瞬だけ迷いを見せるふりをしてから、ぽつりと答えた。
「二十金貨。私、これをやり遂げたら、あなたとここで小さな店やりたいわ。ねえ、フラン、助けてくれない?」
――「あなたと」。その言葉はフランの下心と誇りをくすぐる。「信頼してもらっている」「必要とされている」という錯覚に、彼は何度も酔った。フランは自分が「運命の相手」に選ばれたと思い込み、二十金貨を貸すことにする。だが実際は二十、五十と、小分けに払わせるのが詐欺師の常套手段だ。まとまった一度の請求は強い抵抗を招くが、少しずつなら抵抗は薄らぎ、被害は積み上がっていく。
そして何よりも、人間の恋愛感情は正常な思考を奪いとる。
恋は盲目とは、その通りなのだ。
事実、昨今のロマンス詐欺では、内容を聞けば「えっ、なんで?絶対ありえないじゃない!」と言った内容ばかりであるが、実際騙されてしまうのだ。
こうしてフランはロマンスの渦中に引き込まれていくのだった。




