第4部第10話 ロマンスは突然に⑴
守は巡回の後、足を止めて暖簾をくぐった。
街に初めて出来た酒場である「金の焼き芋亭」だ。
たぶん、さつまいもにあやかってだとは思うが、金の焼き芋なんて、安易なネーミングだよなと思う。
酒場の中では、商人が今日の売上を報告したり、鍛冶屋の親父が新しい冶金法を自慢している。そんな娯楽の真ん中で、目立たないが鋭い光を放つ存在──ひとりの女性が守の注意を静かに引いた。
彼女は白い布をまとい、黒髪を緩く後ろでまとめていた。顔立ちは整っており、目元にどこか憂いがある。初めて見る顔だ。だが不思議と、その場の気配にすっと溶け込み、誰にでも同じように微笑みを向ける。守は「異物」を嗅ぎ取るような直感を持った。
「あんなやついたか?」
警察官としての直感だ。こういう時は疑問点を解消しなきゃ気が済まないのは職業柄か。
「やぁ、みない顔だね。相席いいかな?」
「ええ、どうぞ。あなたも見慣れない格好をしてるわね?街の偉い人なのかしら?」
急に話しかけてきた制服姿の守に多少驚いたようだが、ほぼ満席の中だから、快く相席には応じてくれた。
「食べてないだろうけど、ここの料理は美味いんだ。」
そういいながら、店員に料理を頼む守。
君は?とさとすも、女はにこやかに笑うだけで料理を頼む気はないようだ。
「君はどこから来たんだい?」
「あら、レディに質問するなら貴方のことから教えてくださる?」
警戒しているのだろうか?守はこの街を警備しているんだと軽く自己紹介も兼ねて話す。
女はそうなのね、と運ばれてきた酒を飲む。
「私は、リディアっていうの。行商人の娘なんだけど、道中で盗賊にあってしまって、この街に商団からの救援街がてら滞在してるの。」
盗賊、最近はめっきり減ったが街の外はやはり危険が多い。
なんだが引っかかるが、身の上話ばかりでこれと言って不審なところは...ない。
不思議と最初に見つけた時の違和感が全くないのだ。
勘違いだったかなと、運ばれてきたさつまいもキッシュを軽く頬張っていると、
「守さん!相席大丈夫ですか?」
行商人のフランだった。
こいつにはオセロやさつまいも等の交易で、結構お世話になっている。
「おお、リディアもいいかな?」
「ええ、困った時はお互いさまでしょ?」
笑顔で快諾するリディアに会釈をしつつ、フランはリディアの横の席に座った。
フランはこの街に腰を据えて交易を続けている穏やかな男で、笑顔がいつも柔らかい。
女はフランを見つめ、その瞳に一瞬だけ光を落とした。言葉は甘かった。フランにも旅の商人の娘だと自己紹介した。盗賊に荷を奪われて困っている、貴族の知人と縁談があるが開業資金が足りない、ここで働くことにしたい、日雇いで構わない、など、断片的だが感情が滲む話をする。
酒場の音はうるさいが、やけに耳に通る声にフランはその言葉に耳を寄せる。嘘は少しも含まれていないように装われている。リディアが挙げる「故郷」「家族」「夢」は、遠方から来た者たちにとっては触れやすいフックだ。守はなんだか違和感を感じるのだが、どことなく掴めない。
フランの頬は赤く、目は不意に柔らかくなっている。守は小さく舌打ちする。違和感はわからないが、フランが目の前の美女にメロメロなのはわかる。
やがてリディアは個人的な話題へと誘導する。「あなたの目は、真摯ね」「この街の話をもっと聞かせて」──声のトーンは低く、間が計算されている。男性が心を開くためには、先に心の扉をほんのわずか開いて見せる必要がある。彼女はその技術を使い、相手の自己顕示欲と孤独を同時に撫でる。フランはそれにすっかり飲み込まれていった。
そろそろ、食事も終わり退散する時間になってきた。
「じゃあ、俺たちは行くよ。フラン帰ろう。」
「あら、もう行っちゃうの?後から来たフランさんはまだ足りないんじゃない?」
「そ、そうですね!守さん先に帰ってください!」
守はため息をつきながら、そういうフランを席から少し離れた場所に連れて行く。
「なんか違和感があるから、気をつけろよ?あんな女見た事ないんだから警戒心くらい持っときな」
「だ、大丈夫ですよ!僕は商人で人の機微には敏感な方ですから!」
「そういう人が一番危ないんだよな。まぁ、気をつけろよ?」
自分は騙されないと思う人ほど、騙されるのが人間というものだ。
何故なら自分は騙されないと信じているからこそ、自分は正しいと認識してしまうと疑わないからだ。
酒場を出たフランの表情は、昼間のままではない。心のどこかが満たされたようだった。




