第4部第8話 開設異世界診療所
駐在所ではなく、まずは村の広場にある警察署の保護室
へ運ぶ──それが守の判断だった。保護室は元々酔っぱらいを収める単純な作りだが、周囲から隔離できる利点がある。見張り窓が付いた小屋の中に白衣の男を慎重に横たえ、後ろ手錠は外していない。外からは鍵をかけられるようにしてある。万一、目を覚まして暴れることがあっても、簡単には出られない。
「ここで様子を……俺と遠藤で交互に見張る。起きたらまず事情聴取だ」
守は言い切り、遠藤と見合う。遠藤はガスマスク型魔道具のボタンに触れ、無線を通じて王都や周辺の情報系統には接続していないが、自分のスキルで可能な限り調べると言った。見張りの交代は二時間ごと、という簡単なルールを決めて、守が最初の当番に就いた。
保護室の薄暗い中で、守は外の灯りを見ながら、男の顔をじっと見た。目元に泥と血。痩せた頬。誰かに似ているようで、どことなく見覚えはない。だが、服の胸元には薄く、病院名と読める一部の文字が残っていた。
遠藤がガスマスクのマイクを押して、低く報告する。
「守さん、検索した。白衣の男、登録がある。刑務所の受刑者名簿にも載ってる。横田 涼太。医師免許はもともと持ってたらしい。収監理由は――診療報酬の水増し、看護師在籍の水増しで巨額詐欺。要は、医療費をだまし取ったってことだ」
守の指先が固くなる。刑務所の名が出ると、村の誰もが一瞬ざわつくだろう。ここにまた犯罪者が来たのか──その不安が胸をよぎる。だが、目の前の男は目を閉じ、時折唇を震わせるだけだった。
——しばらくして、保護室の木板の床がきしむと、男がゆっくりとまぶたを開けた。視線は焦点を結ばず、やがて守の顔を捉える。目に薄い恐怖と懺悔が混じる。
男はかすれた声で言った。
「俺をどうするつもりだっ、お前達は誰だっ」
言葉は途切れ、唇が震えた。守は息を吐き、椅子から立ちあがる。
「お前、横田ってのか?」と問うと、男は未だ興奮気味に何かを叫ぶ。
だか、しばらく叫ぶとふと守をみて急に声のトーンを落とした。
「え、け、警察官...か?もしかして戻って来れたのか!?」
いきなり異世界に飛ばされて、何かしらで行き倒れて気がつくと目の前に現代にいるであろう制服警察官がいれば嫌でも目が行く。
「戻って来れたのかが、何を指しているかは大体予想がつくけど、全く期待はずれでここは異世界のままだよ。」
遠藤は横から横田に話しかけて、事実をありのまま伝える。村の事や、今いるのは異世界でたてた警察署である事。守も警察手帳を見せ、身分をしっかり明かしながら話を続ける。
「それで?あなたの名前は?」
「...横田です。」
「あなたはなんでここへ?」
「なぜかわからない。病院が立ち行かなくなって。診療報酬の水増し、看護師の在籍水増し……金を騙し取った。刑務所に入って、毎日死んだように生きてきたら気がついたらこの世界にいたんだ。あの地獄の刑務所の中でなんて生きていけない。逃げてきたんだ、逃げてきたんだよ」と、しゃくり上げるように言った。
守は言葉の裏を読む。犯罪の事実は遠藤の検索で確かになっている。だがここは命を守る場だ。町に医者がいることは、これからの街づくりにとっても不可欠だ。守はしばらく黙考したあと、腹を括るように言った。
「横田。ここはお前を裁く場じゃないから元犯罪者だからどうこう言わないよ。だが、もしこの街にいるなら、条件がある」
守の言葉は静かだが厳しい。
「裏切らないこと。村を害する行為に手を染めないこと。俺たちに何かをしたら、容赦はしない」
横田は震える唇を噛み、それから頷いた。目に涙が溜まる。
「わかりました。裏切りません。俺は医者だ。人を治すためにここにいるつもりです。誰かを傷つけるつもりはありません」
交互に監視の当番を続ける夜、遠藤はガスマスクの端末越しに調べた細かい情報を守に伝えた。刑期、出所日、前歴。守はその全てを頭に入れながらも、手続き的な報告は後回しにして、まずはこの男が本当に医者として役立つかを確かめることにした。
数日後、横田は実際に村の医療の応急処置を幾つかこなした。腕は確かだった。切開して縫合する手つき、薬の処方、急患の判断――どれも的確で、居合わせた者の命を救った。守はそれを見て、やはり医者という存在は大きいという気持ちになった。
「お前には“街の医者”として働いてもらう。条件は守の言葉通りだ。俺たちはお前を監視し、医療行為は金を受け取ることはない。金で診療するしないというのは無しだ。この世界じゃ金は今はあんまり意味がないからこれでもいいか?」
「今は非常時だから、なんでもいいよ。地獄よりましだ。」
苦笑いをしながらも、横田は手を差し出した。だが彼の行動は本当に善意なものかはまだわからない。職業柄だが、守も遠藤も疑うことは止めることはない。
その日から、警察署の二回部分の会議室が「仮診療所」になった。横田は「神の診療」とも呼べるほどの正確で的確な診断眼を持っていた。難しい手術も成功させるという噂は、やがて村内で囁かれるようになる。守は胸の内で複雑な感情を抱えつつも、ひとつだけ確信した。
「悪人でも、人は変われる。多分きっと。変わるかどうかは、見てやるだけだ」
守は血だらけで何も出来なかった事を思い出しつつ、医者がいるという事に安堵感が溢れていることに、思わず笑みが溢れてしまった。




