幕間
朝の光が石畳を柔らかく照らしていた。
街の輪郭はすっかり「村」ではなく「町」と呼べる姿を見せつつある。整然とした道、木製の柵、商人たちの露天。遠くから漂う香ばしい甘い匂いに、守の腹が静かに鳴った。
「……あぁ、今日もいい匂いだな」
手綱を握る守の隣で、相棒のモモちゃんが「ももっ」と短く鳴く。
警備兼騎乗訓練の名目で、朝から街を一周するのが最近の日課になっていた。
モモちゃんの蹄が軽快に石畳を叩き、行き交う人々が笑顔で手を振る。
子供たちは「モモちゃーん!」と叫びながら駆け寄り、彼女の羽や尾を撫でていく。
途中の露店で、焼き芋を売るおばさんが守を見つけて声を上げた。
「守さん、今日も頑張ってるねぇ!焼きたてだよ!」
「助かります、一本もらいます」
芋は見た目も香りも、どこか懐かしい。
ほくほくの湯気が立ちのぼり、甘味が口いっぱいに広がる。
かつての日本では味わえなかった“手の届く幸せ”を、守はこの街でようやく見つけた気がした。
「うまいな、モモも食うか?」
モモちゃんは鼻先を寄せてくるが、焼き芋の熱にびくりと顔を引っ込めた。
「おいおい、今日は小食だな」
「あーつーいっ」
と小さく鳴くと、子供たちの笑い声が響いた。
そのとき、広場の方から元気な声が上がる。
「モモちゃーん!遊ぼう!」
子供たちがボールを抱えて駆け寄ってくる。
「……あー、ダメだぞ。勤務中だから...なっ!?」
守がそう言うより早く、モモちゃんの尾羽がぶるんと揺れた。
子供たちのきらきらした瞳を前にして、断れるはずもない。
守は肩をすくめて笑う。
「しょうがない、行ってこい。サッカー、だろ?」
「まもる、ありがとーっ」
モモちゃんは元気よく鳴くと、子供たちの輪に混ざって広場へ駆け出していった。
砂ぼこりの舞う広場では、モモちゃんが器用に足でボールを蹴り返している。
羽を広げてブロックしようとする姿に、子供たちは歓声をあげた。
「モモちゃんキーパーだ!」「ずるいぞー!」
「はねだもん!モモに、てはないのだ!」と言い放ち、軽く鳴いて、翼で軽くボールを弾き飛ばす。
守は焼き芋を食べ終え、木陰のベンチに腰かけてその光景を見ていた。
笑い声と風の音。平和な午後。
——これでいい。この時間が続くなら、それでいい。
日が沈み始め、子供たちは次第に疲れていく。
小さな体が砂の上に倒れ込むと、モモちゃんは嘴でひょいと掴んで、背に乗せる。
器用にバランスを取りながら、一人ひとりの家まで送り届けていく姿は、まるで母さんのようだった。
最後の子を届け終え、夕暮れの光に包まれながらモモちゃんは駐在所へ向かって駆けてくる。
羽毛には砂ぼこりがつき、足取りは少し重い。
けれど顔(?)は誇らしげだった。
「おかえり、モモ。今日も人気者だったな」
守が笑うと、モモちゃんは
「まもるもラブでしょ?」
と胸を張るように鳴いた。
駐在所の前で、夕焼けの風が静かに吹き抜ける。
遠くで誰かの鍋の音、井戸の水を汲む音が聞こえた。
守は椅子に腰をかけ、相棒の頭を撫でながらつぶやく。
「……こんな日が、ずっと続けばいいな」
モモちゃんはその言葉に短く鳴いて、守の肩に頭を寄せた。
空には茜色が残り、夜が静かに町を包み込もうとしていた。




