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異世界駐在所  作者: clavis


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第4部第6章 その価値を見出すものは

昼下がりの陽が傾き、駐在所の薄暗い事務室で帳簿を広げると、数字が冷たく目に刺さった。

備蓄の塩、保存用の藁、修繕に回せる木材はある。しかし、鉄材と火薬の「現金」で買える額が、まったくない。


「金がない、ってのが一番始末に悪いんだよな……。」


遠藤が肩をすくめる。彼の顔はいつもの飄々さを保っているが、目は真剣だ。


「現実は辛辣だ。王国に頼るにしても、自由指定のせいで軍需補助は見込めない。村にあるのは労働力と素材、それと春人の小人連中の腕だけだ」


守は窓の外に目をやる。畑では芋の苗が風に揺れている。町外れの道は遠く、買いつけに行くには時間がかかる。貨幣経済が薄いこの土地で、「金を作る」には自分たちで価値を作り出して交換するしかない。


「じゃあ、安いものを加工して価値を上げるかだ。――作れるものは何だ?」


兄羽が設計図をしげしげと見つめる。彼の頭には城壁と櫓のことばかりではなく、建築で使える余剰材や職人の技術がぐるぐる回っている。


「小人たちがレンガを焼ける。遠藤の検索で材料配合は出た。レンガそのものを売るのも手だが、価値は限定的だ。俺なら“工芸品”だ。手の込んだ木工品にして高く売る。貴族向けの需要はある」


守は思い切って口に出した。


「具体的には?」


兄羽は笑った。手元の端材で小さな盤を指して見せる。黒と白の駒、盤面の彫り。遠藤が見つけたのはオセロの図だ。


「この世界にはまだないらしい。趣向品としてもルールが単純明快なのもいい。王都や地方の城下を流す行商なら、貴族好みの精巧な木工品は需要がある。材料はこの村で調達できる。時間はかかるが、小人達の加工で付加価値は劇的に上がる。平民向けは簡素版を作って量で回す」


守は板を手にとる。厚み、木目、仕上げの肌触り。たしかに、丁寧に作られた一枚は貴族の道具棚に映えるだろう。


「いいな。とりあえずまずはやる事からだな。行商人がもうすぐ来る時期だからまずは試作品を三つ、持って行ってもらおう。」

守の声に、小人たちが湧くように動き出す。春人も目を輝かせて賛成だ。



行商の接点は遠藤が見つけた。王都へ荷を運ぶ中継商の路線がある。彼は帳面にルートと商人の顔ぶれを書き出した。


「こいつらは貴族の顧客を持ってる。高級品を少数持ち込めば、一度でまとまった現金が入る可能性がある。ただし、品質が命。失敗は致命的だ」


小人たちするすると作業を開始し、木目取り、象嵌ぞうがんの下穴、簡素版の試作と分業した。四人の小人が鍛冶を行い、ほかの小人は盤の装飾と仕上げを担当する。守は現場を任せて普段通りパトカーでパトロールをする。手伝えるほど器用ではないからパトロールの合間に彼らと話した。実務の最前線に立つのは彼の性分だが適材適所があると言うものだ。


「小人達の技術が世界に広がっていくんだなぁ。どうだい春人?」

「僕が作ってる分けじゃないけど、でも認められたら嬉しいですよね。」   

春人の声は穏やかだ。小人達が楽しそうに作っている様子をニコニコしながら見ているのは、やはり歳相応の少年の姿だった。



初回の行商は小さかった。高級盤二点、廉価盤五十点。中継商の馬車一台分だ。守は品物と小さな見本を馬車に積み、王都への道すがら遠藤と商人と簡単な約束を交わした。


「鉄材と微量の火薬の手配、少量でいい。まずは導入分だけを交換で――」

商人の目が光る。辺境の珍品に対して彼の興味は明らかだ。


結果は予想を上回った。貴族の集まる町場で高級盤は好評を博し、二点は高額で売れた。廉価盤も中間市場で堅く売れ、馬車が村に戻ったときには、金袋がいくつか増えていた。


「思ったより入ったな」


遠藤は帳面に数字を書き込み、少し笑った。守は金袋を手に取り、重さを確かめる。鉄の値段、火薬の相場を頭の中で計算する。小さな成功が、次の資源購入を可能にしている。



次の週、村の鍛冶場にはいつもの四人の小人に加え、新たに材料が並んだ。鉄板、鋳造用の砂、硫黄の小袋。交易で得た貨幣は、問いに対する回答になった。守は胸が熱くなったのを感じる。物資は「欲しい」から「買える」になり、買えるものは「作れる」へとつながる。


「まずはショットガン一個隊分の材料確保だ。ライフル用の砲身も一本ずつ。弾薬も十分用意できるといいんだが、実際の運用は厳しく管理する。発砲は最終手段だが、持っていなければ選択肢すらないからな。」

守は四人の小人の顔を見て命じる。小人たちはうなずき、職人の勘で作業を始めた。


村は、金がないという現実から一歩を踏み出した。交易という地道な労働と技術の組み合わせが、遠い防壁の礎を築く。守は知っている。これで一発で世界は変わらない。だが、価値を生み出し、それを回していくことこそが、辺境の村が生き延びる唯一の道だと。


夜、守は倉庫の金袋を数えた。月が細く光る。拳銃はいつもの場所に収まっている。だが、今は少しだけ違う感覚があった――金が動くことで、選べる未来が生まれたのだ。公務員時代には得られない商売をして金を稼ぐという感覚には違和感がまだあった。


「本来なら警視総監宛に兼業申請だよなぁ...よし。次は火薬の安定調達だ。交易ルートを太くして、仕入れを定期化する。オセロで稼いだ金は、村の命綱だ」


守はそう呟き、朝の仕事に向かった。小さな成功は、次の挑戦を呼ぶ。村の防衛は、こうして“金がない”ところから、交易とものづくりで積み上げられていった。

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