第4部第4章 森のくまさん討伐作戦
夜の森は、昼の穏やかさを完全に失っていた。
鳥の声の代わりに、木々の隙間から低い唸りが響く。
「……交代だ。あとは任せる。」
「了解です。気をつけて。」
駐在所に詰めた4人は、2人ずつの交代制で警戒に当たっていた。
昼間の会議で遠藤は全員に念を押している。
「絶対に無理をするな。
戦うことより、生きて戻ることを優先しろ。
いいな?」
「了解。」
守、兄羽、遠藤、そして春人。
異世界から来た4人は、火の灯ったランタンを手に、
村の周辺と東の林道を巡回していた。
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キラーベアー。
立ち上がれば体長はおよそ一八〇センチ。
しかし、その質量と筋力は人間の比ではない。
魔獣と呼ばれるものらしい。生態系的には魔力を帯びた動物を魔獣と呼ぶそうだ。キラーベアーは熊が魔力を帯びて身体強化されているという。
何より恐ろしいのは——人を好んで食うという習性だった。
現実世界の熊と違い、冬眠しない。
昼夜を問わず活動し、獲物を追い、威嚇をしても引かない。
目の奥には、明確な“知性”が宿っていた。
「……しかし、魔獣ってやつは、もう“獣”じゃねぇな。」
兄羽が呟いた昼時に村の南の畑で、再び犠牲者が出た。
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アデルはすぐに王国へ救援要請を送った。
だが、返ってきた返答は冷たかった。
『当該区域は“自由民区”に指定されています。
王国軍の出動はできません。』
“自由”。
それは兄羽が自ら望んで書き込んだ契約の副作用だった。
王国の干渉を受けず、誰にも束縛されないものが治めている土地。
だがその代償として、国の保護も受けられない。
「……やっちまったな、兄羽。」
「はは、まさか“自由”って言葉が、
ここまで残酷な響きになるとは思わなかったですよ。」
兄羽は笑っていたが、その目は笑っていなかった。
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戦わなければならない。
守たちは遠藤の“検索”スキルを頼りに、古い知識を掘り起こす。
「……簡易的な爆弾なら作れる。」
「そんなもん、この世界にあるのか?」
「ある。……が、使うとは思ってなかったけどな」
小人たちは器用に手を動かし、
竹筒と布袋、そして粘土で成形された投擲用爆弾を次々と作り出していく。
広場で軽く実験すると威力は申し分ない。炸裂して飛び散る事で敵を殺傷する手榴弾の出来上がりだった。
村の倉庫には、粗末な木盾と槍が並んだ。
防具と呼べる代物ではない。
だが、今の彼らにはそれしかなかった。
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夜。
霧が立ち込める東の林道。
兄羽と守が先行して警戒していた時、
木々の間を抜けて低い息遣いが聞こえた。
「……来るぞ。」
暗闇の中、二つの赤い光点が揺れる。
次の瞬間、木をなぎ倒して黒い影が飛び出した。
「撃てッ!!」
銃声が夜を裂いた。
だが、弾丸は肩をかすめただけで、獣は止まらない。
兄羽が盾を構え、守が後方へと叫ぶ。
「手榴弾!投げろッ!」
爆音と共に閃光があたりを照らした。
キラーベアーの毛が焼け、咆哮が響く。
だが倒れない。
そのまま突進してきた体当たりで、兄羽の盾が砕け散り、そのまま大の大人が吹っ飛んだ。
「クソッ……!」
「兄羽さんッ!」
守は飛び出して、倒れた兄羽の前に立つ。
銃を構え撃つ。キラーベアーに当たりはしたが、地域警察官が持つサクラと呼ばれる銃には殺傷能力の高い弾丸は装填されていない。猟銃クラスの威力がなければもはやかすり傷も負わない。予備の弾を補充していても、後4発しかない。
頭だ、頭を狙わないと。こいつは動物。人間じゃない。
火薬の爆発と、拳銃の音、弾が貫通したという初めての痛みでキラーベアーは警戒した。むやみに突進するのをやめたのだ。
基本的に動物は一度人間に勝てば、次も勝てると味を占めるものだが、こいつは違った。
こちらを伺う様子で立ち尽くしている。
熊が二足歩行で立ち上がるのは、威嚇や防衛等色々あるだろうが間違いなく今は威嚇だろう。
狙いを定めて、照星照門を合わせる、強張るからだで引き金を引き、撃つ。
キラーベアーの顔面を掠めたが致命傷には至らない。
怒りをあらわにしたキラーベアーは、先程のように突進してくる。
怖い。
指はまだ引き金にある。
震える。
武器を所持した犯人との対峙は5m以内と言われた事があった気がする。
一直線に向かってくるキラーベアーに向けて引き絞る。
乾いた音が数発、カチッカチッと撃発する事なく空転する弾倉。
それから先は意識がなかった。
気がついたら朝で皆疲労困憊だった。
夜が明けるまでの戦いは、まるで地獄だった。
だが、それは“生き残った”という勝利を勝ち取る為に必要なものだった。
兄羽は小人に包帯でぐるぐるまきにされ、土の上に寝転がっている。
守は弾切れした銃を見つめたままだ。
春人は膝を抱え、小人たちに肩を支えられていた。
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結局はキラーベアーは昼に爆弾と一緒に作っておいた落とし穴に落ちて退治できた様だ。落とし穴に落ちたキラーベアに10発程手榴弾を投げ入れてようやく退治できたらしい。そんな化け物に吹き飛ばされて意識を失っていたから、誰もいなかったら死んでいたなと守はゾッとしたのだ。空には、薄く煙が残る。
村は静かだった。
自由とは、孤独だ。
そして、この村は真の意味で独立してしまったことを噛み締めていたのだ。




