第4部第3章 平穏はまだ遠く
昼下がりの陽が、村の中央広場を照らしていた。
守は駐在所の引き戸を開け、息をつく。
机の上には、遠藤が作った手書きの地図と簡易な配置図。
そして、その隣には兄羽が描いた鉛筆のスケッチ。
「……あの砂漠地帯に全員が転移したってのは、さすがに気になるな。」
守が呟くと、兄羽は腕を組みながら肩をすくめた。
「気にしてもしょうがないですよ、駐在さん。
あそこは王国の領土の外だ。……隣国との国境線のすぐ手前ですよ?
国の仕事であって、なんとかしたきゃ軍を動かせばいいんだから。警察官の仕事じゃない。」
兄羽の口調は冷静だったが、理屈は正しかった。
遠藤も同じ意見で、地図の上に赤鉛筆を走らせながら言った。
「俺も兄羽さんに賛成だねぇ。現実だって、アメリカで戦争があっても僕らが行けるわけじゃない。ニュースで見るガザの惨状やロシアの侵攻だって、いつ終わるんだろうねぇって“関係ない”言葉で片づけてきたでしょう?」
「……まぁ、そうだな。」
守は小さく笑って、窓の外を見た。
子どもたちが笑いながら、レンガの道を走っていく。
その先で、春人の小人たちが忙しそうに新しい家を建てていた。
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兄羽は紙に描いた線を指でなぞる。
「今優先すべきは“村の形”を作ることです。
駐在さん、ここを中心に警備派出所を置きましょう。こんな世界なんだから防衛費に金かけないとあっという間に全滅ですからね。駐在所を中核にして半径三百メートル圏を警戒区域に。この辺の丘に見張り塔を二基。あとは農地の拡張と、排水路の確保。」
遠藤がその場でこんな感じで警備派出所を配置したいと簡易的な図をまとめ、兄羽に見せた。
彼の指が動くたび、現実的な構造線が整っていく。
「それと、春人くんの小人チームは凄いですよ。
例のレンガ、強度も熱保持性能もかなり高い。
昼間は熱を吸って夜は保温する。だからこその欠点もまあ、あるにはありますけど。村の土と石だけで作れるから、持続的に増産できます。」
守は唸る。
この異世界に来てから初めて、“人の手で未来を作る”という実感が湧いていた。
「まるでシミュレーションゲームだな……。
内政整えて、兵力鍛えて、あとは攻められても無双できる。」
遠藤が笑いながら言うと、兄羽も笑った。
「現実の国づくりなんて、ゲームほど簡単じゃないけどな。
でも、やることは一緒だ。
守るために“作る”。それが俺たちの仕事だ。」
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村の外れでは、春人が小人たちと並んで作業をしていた。
額には汗が光り、顔には笑みがあった。
小人たちは器用にレンガを積み、壁を立ち上げていく。
その速さは人の数倍にも及んだ。
「ねぇ、守さん! ここの家、もうすぐ完成だよ!」
「おう、すげぇな。……お前ら、本当に職人だな。」
春人の横顔は、あの初日の怯えが消えていた。
代わりに、ものを作る楽しさがそこにあった。
守はそれを見て、ふと心が軽くなる。
この世界にも、“生きる意味”を見つける人間はいる。
それがたとえ、異世界に放り込まれた少年であっても。
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夕暮れ。
森のほうから、慌てた足音が近づいてくる。
血の気の引いた村人が息を切らせて駐在所の引き戸を開け放った。
「さっき……さっき森で! 人が、キラーベアに襲われたんだッ!」
「落ち着け、場所はどこだ!」
「東の林道っ……そこに出たんだ!」
兄羽が顔を上げ、遠藤が即座に立ち上がる。
守は腰の拳銃を手に、短く息を吐いた。
平穏は長く続かない。
だが、それでも人は生き、守り、築いていく。
今対峙すべき問題は人間相手だけではないのだから。




