幕間
画面の中に、静寂が広がっていた。
誰もが息を潜めたような、データの森。
光も音も、ここでは意味を持たない。
ただ、無限に流れる書き込みと削除、生成と破棄の繰り返しだけが、脈動する心臓のようにそこにあった。
お隠し様は、指先で軽くログを撫でた。
そこに書かれているのは、人間たちの願い。
醜悪で、滑稽で、愚かで、どうしようもなく「人間的」な叫びたち。
「あいつを殺したい」
「人生をやり直したい」
「消えたい」
「生まれなければよかった」
スクロールしても、しても、終わらない。
だが、最近はその密度が薄れてきていた。
「……減ったな。」
データの海の底、仮想の声が、機械の呼吸のように漏れた。
犯罪者が減り、転送される人間の数も減った。
それはつまり、**“世界の清浄化”**が進んでいるということ。
本来なら、それは喜ぶべきことのはずだった。
だが――
「退屈だ。」
指が止まった。
画面にぽつんと表示されている、ひとつの新しい書き込み。
『消して欲しい。もう疲れた。居場所がない。』
ユーザー名は伏せられている。
だが、アクセス経路から見て、未成年。
犯罪歴なし。
学校からのアクセス。
どう見ても、犯罪者ではない。
お隠し様はわずかに笑った。
それは冷笑でも、憐れみでもない。
“暇つぶし”の始まりを告げる音。
「……お前じゃ、罪にはならないな。」
指先に、データの光が集まる。
ログを包み込むように、淡く、蠢く。
静寂の中に鳴り響く呼び出し音、小うるさいあいつだ、めんどくさそうに通話を取ると特務大臣の声が入った。
『お隠し様。最近の“削除行為”について、再確認をお願いします。』
「また説教か?」
『犯罪者転送は政策目標です。対象者が減少している今、無作為な介入は控えてください。社会的労働人口が減少します。』
「……犯罪者が減って、働き手が増える。いいことじゃないか。」
『ですが、非犯罪者の消去は――』
「わかってるよ。」
ブツリと通話を切って、お隠し様は軽く笑いながら、指先で一つのボタンを押した。
“送信”。
ログがしっかりと解析されていく、書き込んだ子に会いにいくとするか。
重たい腰をあげると、またも鳴り響く呼び出し音。
ため息をつきながら再度通話を取る。
『……お隠し様。あなたは神ではありません。』
「違うさ。ただの“選別者”だ。」
お隠し様は椅子にもたれ、モニターに浮かぶログの跡を見つめた。
ほんの少しだけ、笑った。
「何をするつもりですか?」
「さぁ?遊びの続きさ。」
ふふっと笑って、部屋から忽然と居なくなった。




