幕間
暗闇の中に、光があった。
耳鳴り。
遠くで、あの銃声が響く。
胸に穴が空いたまま、宍戸凪は静かに息を吸った。
「……また、ここか。」
目を開けると、そこは再び教会だった。
石の床、古びた祭壇、そして見覚えのある神父。
その男は、相変わらずの調子で両手を広げていた。
「おお、勇者よ、死んでしまうとは何ごとだ!」
「うるせぇ!!」
凪は反射的に叫んだ。
神父の口上を途中で遮る勇者など、たぶん彼が初めてだ。
「なんで毎回お前なんだよ! もう三回目だぞ!?」
「勇者とはそういうものだ。死んでは蘇り、また死んでは蘇る。それが君の仕様だ。」
「仕様って言うな! 俺はプログラムか!」
神父は愉快そうに笑いながら、祭壇の裏から聖水らしきカップを取り出した。
「まあまあ、まずはお疲れ様。特製・“転生後の一杯”だ。それとも私と禅問答をするために死んできたのかい?」
「……ただの水だろ、これ。」
「バレたか。」
凪は深いため息を吐く。
笑いながらも、胸の奥が痛む。
銃口の冷たさを、まだ覚えていた。
あの警察官——表情も、鮮明に。
「……死んだ時、正直ホッとしたんだ。」
「ほう?」
神父が首をかしげる。
「何故だかやっと終われるって思った。何人も殺して、何度も蘇って……。
“勇者”なんて名前のくせに、俺のやってること、ただの大量殺人だ。」
凪は拳を握る。
その手が震えているのは、怒りか、それとも恐怖か。
「俺は元警察官だった。捜査一課。……でも最後の事件で全部壊した。
人質を取った犯人を撃とうとして、誤射した。
人質もろとも撃ち抜いた。……あの瞬間、俺は“正義”を殺した。」
神父は黙って聞いていた。
その表情は笑っているようで、どこか優しかった。
「なるほど。つまり、お前は“正義を証明するために人を殺す”職業病に罹っていたわけだ。」
「言い方どうにかしろ。」
「じゃあ、勇者病だ。」
「もっとひどぇじゃねえか!」
神父は肩をすくめ、微笑む。
「でもな、勇者。お前がその罪を覚えている時点で、まだ“人間”だ。」
「……どういう意味だ。」
「神はな、悔い改める者を救う。だが、“後悔しない者”は救えない。
お前はまだ、後悔している。だから何度でもやり直せる。」
凪は静かに顔を上げた。
ステンドグラス越しの光が、彼の頬を照らす。
「……やり直せる、か。
でも、そのたびに誰かが死ぬんだぞ。神様は、それを“正義”って呼ぶのか?」
神父は目を細めた。
「私は神ではない。……ただの“神父”だ。君が知っている神父かどうかは重要じゃないのだ。ただ君を復活させるだけさ」
「やっぱり仕様じゃねぇか。」
二人のやりとりに、教会の空気が少しだけ軽くなった。
凪は小さく笑う。
笑ったのは、どれくらいぶりだろう。
神父が扉の前に立ち、振り向いた。
「行け、勇者よ。お前が殺そうとした警官がいるだろう?」
「……ああ。」
「今度は、殺すな。お前じゃあ勝てない」
「……ラスボスとかでもゲームじゃ、倒せるもんだぞ?バグかよ。」
神父は穏やかに頷いた。
「いいか、“勇者”という名は、神がくれた免罪符ではない。“勇気をもって罪を見つめる者”の称号だ。勇気と無謀を履き違えてはいけないね。これは現実であって、できない無謀が多いのだよ。」
凪は静かに扉を押し開ける。
雪の風が吹き込み、白い光が彼を包んだ。
その顔には、ほんのわずかに迷いが残っていた。
けれどその瞳は、確かに——生者のものだった。
「……忠告ありがとよ。俺は俺の意思で戦う。」
凪の足音が遠ざかる。
背後で、神父が小さく呟いた。
「おお、勇者よ……次は死なぬように頼むぞ。」
「聞こえてんぞッ!!」
扉が閉まり、静寂が戻る。
神父は祭壇の前で、手を組んだ。
「まったく、勇者とは人間とは面倒な生き物だ。だが——」
その口元に、静かな微笑が浮かぶ。
「……やっぱり、私はこういう奴が好きだな。」




