幕間
四日目の朝。
雪原の上に、血の蒸気が上がっていた。
宍戸凪は、吹雪の中で立っていた。右手には光の剣。左手には、蒼白い魔法陣が浮かんでいる。
彼の目の前には、元囚人たちの群れ。
王者のスキルにより、全員が虚ろな目をしていた。
まるで傀儡。
命令を疑うことすらできない、王の兵。
「……哀れだな。自分の意思も奪われて。」
凪は呟き、剣を掲げた。
「《ライト・スラッシュ》!」
閃光が走る。雪原ごと空間が裂け、十数名の囚人が一瞬で消し飛んだ。
悲鳴も、抵抗もない。光に焼かれた身体が、黒い灰となって風に舞う。
だが、その光景を見ても凪の表情は沈痛なままだ。
「正義って、どっちにあるんだろうな……」
彼が斬るたびに、かつて同じ刑務所で飯を食った男たちが死んでいく。
誰も悪魔でも怪物でもない。ただ、生きるために王に従っただけだ。
「宍戸ァッ!!」
背後から、鉄の鎖が飛んだ。
地面に叩きつけられた瞬間、全身を黒い光が包む。
重力のような圧力が凪を押し潰す。
「スキル《監禁領域》発動。逃げられねぇぜ、“勇者”さんよぉ。」
現れたのは、筋骨隆々の大男。
元殺人犯・鬼頭剛志。
彼のスキルは、閉鎖空間に対象を封じ、魔力と体力を奪う拘束系だった。
「……監禁スキル、ね。お似合いだな。」
凪は剣を振ろうとしたが、腕が動かない。
視界が暗くなり、息が詰まる。
光の魔法も発動できない。
影のような牢獄が四方を覆い、凪の身体を飲み込んでいく。
鬼頭は笑った。
「勇者だぁ? 笑わせんな。俺たちの中で一番危ねぇのは、お前だ。死ね!」
凪の身体を、鋭い鉄杭が貫いた。
光が消え、勇者の血が雪を染める。
その瞬間、世界が静かになった。
⸻
五日目の夜。
どこまでも白い空間。
凪は気づけば、古びた石造りの教会の床に寝かされていた。
ステンドグラスの向こうに、見慣れない青空が見える。
「……ここは……?」
その時、奥から声がした。
「おお、勇者よ、死んでしまうとは何ごとだ!」
驚いて起き上がると、そこには年老いた神父がいた。
顔は穏やかで、だがどこか現実離れした存在感がある。
「え、ちょ……お前、どっから……」
「さあ早く世界を救うのだ、勇者よ。復活の代償はゴールド999枚だが、今回は特別にサービスしておこう!」
「……いや、サービスとか言われてもなぁ……」
神父は凪の胸に手をかざすと、柔らかな光が広がる。
次の瞬間、凪の傷が癒え、息が戻る。
「お前……本物なのか?」
「さぁ、それはお前が信じるかどうかだ。」
神父は笑い、霧のように消えた。
残されたのは、光に包まれた凪だけ。
「……これが、勇者スキルの“復活”ってやつか。」
凪は立ち上がった。
神父の言葉が、どこかで心に刺さる。
(“世界を救う”……俺に、そんな資格があるのか?)
⸻
六日目。
勇者・凪は再び雪原に立った。
背後には倒れた監禁使いの死体。
その先に、王者・国領が待っていた。
「よく戻ってきたな、勇者。」
「お前を殺すために戻ってきた。」
王者は嗤った。
「この世界のルールを知らねぇのか? 俺は“支配”する。お前は“従う”。それが秩序だ。」
凪は剣を構えた。
「俺はそんな秩序を認めねぇ。人を奴隷にする正義なんて、クソ喰らえだ!」
光と闇が激突する。
魔力の衝撃で雪原が割れ、吹雪が竜巻のように巻き上がる。
王者の指先から放たれる支配の波動。
凪の意識が引き裂かれそうになる。
「俺に従え、勇者ッ!」
「断るッ!!」
凪の身体が光に包まれ、覚醒する。
彼の中に刻まれた無数の“勇者像”が重なり合う。
伝説の剣聖。聖光魔導士。最強の勇者。
全ての要素が融合し、凪の肉体が輝く。
「《勇者覚醒》――!」
眩い閃光が走り、王者の胸を貫いた。
国領の顔に驚愕が浮かぶ。
「俺が……王だぞ……」
「知るか。俺は“勇者”だ。」
二人の剣が交錯した瞬間、爆光が走った。
次の瞬間、両者の身体が雪に崩れ落ちた。
勇者と王者。
二人のスキルが相殺し、世界の均衡が戻る。
⸻
七日目の朝。
再び、教会。
「おお、勇者よ、死んでしまうとは何ごとだ!」
またもや、あの神父が立っていた。
「……お前、またかよ。」
「世界はまだ救われていないのだ。早く行け、勇者よ。」
凪は立ち上がり、深く息を吐いた。
「……ああ、今度こそ終わらせる。」
⸻
凪は再び村に降り立った。
王者の支配が消え、残党たちが逃げ惑っている。
凪の剣が閃くたび、彼らは倒れた。
逃げ場を失った奴隷の村人たちが、戸惑いの中で膝をつく。
「もう大丈夫だ。お前達は自由になった。」
凪の言葉に、誰も声を出せなかった。
誰もが、彼を“救世主”として見上げながら――同時に“恐怖”を抱いていた。
その目は、祈りと怯えが入り混じっていた。
凪は空を見上げ、呟いた。
「……これが勇者の仕事かよ。」
雪が舞う。
勇者の血と王者の骸を覆い隠すように。
こうして、網走刑務所転移者の七日間は終わった。
だが、この雪原に刻まれた“正義”と“罪”の境界線は、
この先も消えることはなかった。




