第3章第10章 遅すぎた到着
雪の風が肌を刺すように冷たい。
モモちゃんの翼が白い空気を裂き、雪煙を巻き上げる。
魔導具から通信がくる。
「異世界駐在署現本から駐在遊動。」
守は鞍に座り、頬のガスマスク型通信魔道具のボタンに触れた。
「駐在誘導です。って遠藤主任、警備じゃないんだからさ」
と軽く笑ってしまう。
「いいんだよ!異世界だろうが何だろうが、こういう時ほど、日常に慣れ親しんだいいまわしがいいんだからさ。」
遠藤は飄々としつつも、守に見えていない顔つきは険しい。網走刑務所を検索していたらとんでも無いことが起きていたからだ。
「現場到着後は、先指令の通り現状把握に努め、受傷事故防止に留意されたい。とまぁ、冗談はさておき、守大変だわ」
「どうしました?」
一瞬声色が変わる無線に気を取られ、落馬ならぬ落鳥しそうになる守。
「網走刑務所は戦場になってる。囚人同士で殺し合いが始まってるみたいだな」
守は唇を噛む。モモちゃんの脚が地面に着地する瞬間、雪の匂いに混じって焦げた血の臭いが鼻を突いた。
到着した眼前に広がるのは、死体の山。囚人服を着た者たちは、雪の上で絶命している。頭が無い死体が多く散見され、雪に赤い血溜まりが残り、凄惨な光景が視界を埋め尽くす。
守は息を整え、鞍から降りた。目の前には、男が雪の中に立っている。両足には鎖で繋がれた鉄球がぶら下がり、体は血と雪に覆われていた。彼は守の姿を一瞥すると、笑みを浮かべる。
「……警官か。こんな雪がすごいのに来るとはな。いつもお前達は来るのが遅い」
なんだ?何かよくわからないが敵意はひしひしと感じる。守は低く答える。
「ここで何をしている。」
男は肩をすくめ、鉄球を一度地面に擦りつける。鎖がきしみ、雪が吹き上がる。
「何をしているだって?俺は俺の正義を執行してるにすぎないよ。」
守は拳銃を握り、警戒する。だが、銃口を向ける必要はないと直感する。男の手に握られた鉄球は、対象にだけ正確に降り注ぎ、農民や守のような観察者は無視される。守はその制御力と冷徹さに息を飲んだ。
「君のやり方は、あまりにも過激だ」
「過激? 俺にとって、これは日常だ。法は守れない。ここには俺を止める法律はない。誰かが決めねばならないのは、悪が生き残ることを許すなということだ」
目の前の男は狂気に満ちている。守はモモちゃんの背でバランスを取りつつ、一歩踏み込む。雪が足裏で沈む。男は鉄球を回転させ、雪面に轟音を立てて蹴散らす。彼の視線は一点に集中しており、周囲の死体や農民に目を向けることはない。その冷徹さが、守の胸を圧迫した。
「……その暴力が正義だっていうのか!?」
守は声を低く震わせ、問いかける。
男は鋭い目で守を見据える。
「裁かれるべき者は、目の前で裁く。それが正義だ。お前は警察なんだろ?こいつらは日本で重罪を犯した犯罪者共だ。犯罪者を守るのが正義か?」
守は目を細める。男の行動は殺戮だが、秩序無き世界で弱者を守る手段でもある。彼は拳銃を収め、代わりに声で対抗する。
「それでも、暴力で全てを裁くのは——」
男は肩を揺らして笑った。
「暴力? いや、これは守るための手段だ。俺がここに立っているのは、村と、そして守るべき者のためだ」
守は目の前の男の顔を見据える。冷静だが、血の跡を背負ったその瞳には、強烈な信念が宿っていた。鉄球は振られ続け、雪を蹴散らし、囚人たちの死体の間を通過する。守はその間合いを見極めながら、初めて目の前の敵を“正義の名を借りた殺人者”として認識する。
「……君の正義は、あまりに偏っている」
「偏っている?日本に居た時の法は何を守る?世界を超えて法律は効果があるのか?そして目の前で泣く者を救えるのか?」
その通りだ、今まで目を背けてきたが、ここは日本ではない。今までの常識的に当てはめてきたからこそ、守は痛烈に衝撃を受けた。男は腕を振り、振り子のように鉄球を回転させ、雪を吹き飛ばす。その度に黒い影が周囲に広がり、守を威圧する。影は動きの妨げになるわけではないが、対象を捉え続ける。守は影の存在を感じつつ、視線を外さず、鉄球の軌道を読む。
「……お前もこっちに来たんだから同じ穴のムジナだろ?囚人は皆殺しにした、後はお前だけだ。」
「皆殺しにしただって?1000人以上囚人は居たはずだぞ!」
男は微かに笑い、鉄球を振り上げる。
「この世界にきて、もう一週間だ。それだけ時間があれば油断している人間を殺すなんて簡単なんだよ。まあ、それもどうでもいい。俺の仕事はここで終わる。お前をしっかり殺せばな!」
鉄球が振られ、雪面が割れた瞬間、守は間合いを取り、モモちゃんを軽く揺らしながら観察を続ける。男は圧倒的な力を示しつつ、農民や牛に手を出さない。守は目の前の光景に息を飲みながらも、冷静さを保とうとする。
こうして、守は大量殺戮が終わった現場に到着した。雪と血が混ざる現場で、農民の命が守られたことを確認し、男と舌戦を繰り広げる——これが二人の初対面だった




