幕間
北海道・網走。
夏の終わりを告げる冷たい風が、焦げた大地の上を撫でていく。
そこは、かつて網走刑務所があったはずの場所。
だが今は、瓦礫どころか地盤の痕跡すら存在しない。
刑務所の正門があった位置に、桐島蓮はしゃがみ込み、土を掬い上げた。
さらさらとした灰のような砂が、指の隙間から零れ落ちる。
まるで「何かが焼き尽くされた」後のように。
「本当に……跡形もねぇな」
背後で、鑑識の男が呟く。
桐島は返事をせず、ただ周囲を見回す。
機材を並べる報道陣、規制線の外で騒ぐ野次馬。
――だが、どれだけの視線が真実を捉えているだろう。
ニュースは連日、この事件一色だった。
「網走刑務所消失」
「百六十名の囚人が一夜にして消えた」
「国家史上最大の“神隠し”」
ワイドショーではコメンテーターが無責任に持論を述べ、ネットでは陰謀論が飛び交う。
桐島は、マスコミが帰ったあとの静けさを待って、現場を離れた。
――まずは、生き残りに話を聞く。
⸻
数日後。
札幌市内、警察庁の分室に設けられた取調室。
正面に座るのは、網走刑務所の所長・古館正造と、副所長・山岸敦。
二人とも、報道で見たときよりもさらに青ざめていた。
疲労と恐怖が混じり合い、目の焦点が定まっていない。
「……刑務所が“消えた”当日、なにか異常はありませんでしたか?」
桐島の問いに、古館は唇を震わせる。
「異常としか言えないですね。急に決まった寝耳に水な施作が始まって夏休みと思いきや、こんな事になるなんて」
「施作?夏休み?」
思いがけない返事に困惑する桐島を無視して、憤りを隠すつもりがない古舘は捲し立てる様に続ける。
「囚人に囚人を監視させてみるというものらしいです。馬鹿げてますよね、我々の仕事が囚人になんて務まるはずがない、刑事さんもそう思うでしょう?」
「それはそうだ。何が起こったのか詳しく教えてくれませんか?」
古館は特務大臣が来た時の話を桐島に話した。刑務所が消えたと電話があった時は、部下が精神的に参ってしまったのかと思ったと吐露する。
現実的に無くなってしまった刑務所があった場所に駆けつけ、眼を疑ったとも
桐島の眉が動く。
「新城啓介――特命担当大臣が絡んでいるんですか?」
二人の体が、ピクリと反応した。
桐島は鞄から一枚の写真を取り出し、机に置く。
無表情に立つ新城の写真。
「ええ、そうなんです。それが何か?」
桐島は無言でその様子を観察する。
――明らかに、キョトンとしている。
話を聞き終えて、一人ポツンと調室に残った桐島は小声で呟いた。
「……やっぱり、ただの失踪事件じゃねぇな」
⸻
その夜。
桐島は札幌本庁に戻り、事件資料を机に広げた。
網走刑務所勤務者リスト。
最大1100名ほど収監でき、暴力団員や懲役10年以下のものが収監されていたが、他の刑務所から凶悪犯が一同に集められていた様だ。
つまり、いいかたを変えれば、俗に言う悪いものを煮詰めた場所が忽然と消えた。社会的には浄化されたという見方もある。
法規的手続きに改心しない者達を消したとされる、お隠し様は一体何者なのか。
モニターの光が、桐島の瞳に反射する
冷たい青が、彼の中に芽生える確信を照らしていた。
「新城啓介……お前が、お隠し様なんだな」
⸻
翌日。
桐島は霞が関の自身のデスクで頭を抱えていた。もちろん大臣に対する捜査をしたいからだ。
しかしながら、何の嫌疑があって捜査をする?こんな非科学的な考えと刑事の直感だけでは、大臣を逮捕し捜査することが出来ないのだ。
桐島は、静かに舌打ちをした。
⸻
その夜、桐島は自宅のデスクで遠藤光輝の失踪ファイルを開く。
机の裏に貼られていた付箋。
「お隠し様=特命担当大臣?」
「失踪パターンは“転移”……?」
桐島は深く息を吐き、背もたれに身を沈めた。
頭の中で点と点が繋がっていく。
網走刑務所の消失。
特命担当大臣。
遠藤光輝の“神隠し”。
――そして、異世界に転移した守。
「……全部、繋がってる。」
蛍光灯の下で、桐島の目は鋭く光った。
彼は立ち上がり、壁に貼った日本地図を睨む。
北の果て、網走の跡地に赤いピンを打つと、呟いた。
「新城啓介――どうやって追い詰めるか」
桐島はため息が漏れた。




