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異世界駐在所  作者: clavis


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幕間

北海道・網走刑務所。

夏だというのに、空気は刺すように冷たかった。

灰色の雲が低く垂れ込め、敷地を囲う鉄柵の向こうでは、カラスが何かを啄んでいる。

朝礼の笛が鳴っても、囚人たちの列はどこか緩慢だった。


所長・古館正造は、監視塔の上からその光景を見下ろしながら、胸の奥に沈殿する違和感を拭えずにいた。


「……また移送か。ここ最近、殺人・強姦・放火――重罪ばかりじゃないか」


隣で報告書を持つ副所長が答える。

「ええ。特命担当大臣の指示で“危険因子の集約”を行っているそうです。更生困難者をまとめて収容し、監視体制を強化する方針だとか」


古館は煙草を取り出しかけて、ため息をついた。

「つまり、爆弾を一カ所に集めて火でも点けるってことかよ。こっちの身になって欲しいもんだわ」


その懸念は現実となって現れていた。

最近は囚人同士の喧嘩が日常茶飯事で、職員の負傷者も増えている。

夜勤の見回り中に叫ぶものを大人しくさせるために奮闘し、肋骨を折られた若手看守もいた。

夏季休暇の申請は次々と却下され、職員たちの士気は底を突いていた。


「こんなんじゃ持たねえよ……」

「もう辞めますよ。俺たちは囚人の盾じゃねえ」


夜の詰所では、そんな声が聞こえ始めていた。



ある朝、一本の通達が届いた。

「特命担当大臣・新城啓介が視察に訪れる」


全員がざわめいた。

一国の大臣がわざわざ辺境の刑務所を訪れるなど、異例中の異例だ。

古館は、ここぞとばかりに決意を固める。

現場の惨状を、直接訴えてやる。



数日後。


網走刑務所の正門前に、黒塗りの車列が止まった。

灰色の空を背景に、一人の男が降り立つ。

眼鏡越しの目は、冷たく笑っているようで、どこか焦点が合っていない。

特命担当大臣・新城啓介。


彼の後ろには、黒いスーツの護衛と、無表情な職員が数名並ぶ。

全員が、国の人間というよりは、何か別の機関のような雰囲気を纏っていた。


古館が敬礼し、声をかける。

「遠路はるばるようこそ、大臣。ぜひ現状を──」


だが新城は一瞥しただけで、ゆっくりと鉄格子の方へ歩き出す。

「見ればわかります。無駄な言葉は要りません。みなさんの負担を軽減するために参りました。」


その声は穏やかだったが、どこか底冷えする。



昼過ぎ、管理棟の会議室。

古館は資料を並べ、決死の思いで訴えた。


「今の網走は限界です。凶悪犯をこれ以上集めれば、制御不能になります。増員の要請も通らず、このままでは職員に死者が出ます」


しばらくの沈黙。

新城は椅子にもたれたまま、微笑んだ。


「ええ、みなさんにはこれから夏休みをとってもらいます。職員全員でね。」


「……は?」


一瞬、何を言われたのか理解できなかった。

副所長が顔を上げる。

「……な、何を……?」


新城は静かに手を組む。


「そろそろ、正式に通知がきますから。皆しっかりと夏休みをとってください」


「全員でとるなんて出来るわけがない!犯罪者達をどう管理するつもりですか!?」


古館の叫びを、新城は笑顔のまま受け止めた。


「ええ、まさに問題として挙げられる人員についての問題を超法規的に解決して差し上げましょう。

スタンフォード監獄実験はご存知ですよね?」


二人は驚愕の色は隠せず、言葉を失った。そして静寂を切り裂く電話が部屋に鳴り響いた。



その夜。


刑務所では異様な人事異動が発令された。

昼頃から工事が始まり至る所に防犯カメラが増設されている。

何より異質なのは看守たちが軒並み夏休み扱いとなり、代わりに制服を着崩した男が十数名入ってくる。

――彼らは受刑者だ。


顔に刻まれた刺青、荒れた手、そして異様に冷めた目。

司法取引を持ちかけられたもの達で重大な犯罪を犯しているものはおらず刑期3年以下の者だった。

“この勤務を一年続ければ刑期を帳消しにする”

その言葉に釣られた、罪と打算の徒。

網走刑務所は外から至る所に大きなかんぬきと南京錠で施錠され、中から出る事は出来ない箱庭の様だ。


深夜零時。

空は濃い群青に染まり、静寂が支配する。

管理棟の時計の針が「0」を指した瞬間――


大地が低く唸った。


鉄格子が鳴動し、建物がわずかに軋む。

外の見張りが慌てて無線を取るが、ノイズしか返らない。

空気がひときわ冷たく、透明になっていく。

空を見上げた者が、震える声で叫んだ。


「……紫色の空!?」


次の瞬間、眩い光が地面を貫き、

刑務所の輪郭が、霧のように掻き消えていった。


そこにはただ、

黒い焦げ跡と、凍りついた地面だけが残った。

網走刑務所の敷地に居を構えて、謎の休みをもらっていた看守たちは地響きで、外に出る。

いつも出勤していた監獄がなく空き地になっていたその場所を見つめ呆然とした。

誰かが叫んだ。

「け、警察呼べ!!それと所長と副所長に連絡しろ!急げ!」

着の身着のままの看守達は混乱しつつも分担し、それぞれに連絡をとり始めた。

「はい、北海道警です。事件ですか?事故ですか?はい?網走刑務所が無くなった?」


110番通報を受理している、北海道警当直は困惑している。隣で通報を聞いていた宿直責任者と担当幹部は受理者に寄っていった。


「通報者どこのだれ?イタズラ?」

「通報者は網走刑務所の刑務官の高橋という人みたいです。」


刑務官からの電話?理解しがたい電話を受け、困惑する受理者に宿直責任者はとりあえず、パトカーを向かわせる様に指示した。普段ならイタズラの様に無言電話や、電気がつかないといったような類の通報にも思えたが、通話先の喧騒に違和感を覚えたからだ。


北海道警察が現場に到着したとき、通報内容の通り

網走刑務所の跡地には――何もなかった。

壁も、門も、影ひとつ残さず消えているという報告に、宿直責任者は電話をとり、警視庁に電話をするのだった。

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