第1部第4章 第一次家庭菜園防衛戦
朝の駐在所は、爽やかな潮風に包まれている――が、俺の家庭菜園は戦場だった。
「おい、モモちゃん! またトマト齧ったのか!」
昨日の夜に収穫したばかりのトマトが、モモちゃんの嘴で無残にかじられている。
モモちゃんは俺の怒鳴り声も気にせず「モモー!」と鳴きながら、次のターゲットを探している。
「やめろ! ナス! ナスはまだ熟れてないんだ!」
「モモ、オイシイ!」
言葉が通じるようで通じない会話に、俺は頭を抱えた。
庭に集まってきた子どもたちが、大笑いしながらモモちゃんを追いかける。
「駐在さん、モモちゃんかわいい~!」
「トマト全部食べちゃったけどね!」
「でも、怒ってる顔も面白い!」
俺は怒鳴るしか能がない。柔道三段の腕も、この小さな桃色の怪鳥には通用しない。
逃げるモモちゃんを捕まえようと追いかけ、滑って転び、土まみれになりながら子どもたちに大笑いされる日々。
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昼下がり、駐在所に近所の農家のおばちゃんがやってきた。
「駐在さん、またモモちゃんが畑荒らしたのね!」
「……はい、ただいま格闘中です」
「でも見て、この子、なんだかんだで愛されてるじゃない」
モモちゃんは庭の隅で満足そうに羽を広げ、昨日覚えた言葉を口ずさむ。
「マモル、オイシイ!」
「いやいやいや、もう食べるな!」
おばちゃんはクスクス笑いながら、俺に手伝いのための小道具を渡してくれた。
小さな柵やネット、餌の分配用の箱など、モモちゃん対策のためのアイテムだ。
「……これで少しは防げるか?」
試行錯誤の末、モモちゃんは柵をくぐったりネットを飛び越えたりして、果敢に畑を攻略し続ける。
子どもたちはその様子を見て「モモちゃんすごーい!」と歓声を上げ、俺の立場はますます怪しくなる。
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夕方。
「駐在さん、モモちゃんがまた庭のキュウリを!」
「くっ……」
庭で繰り広げられるモモちゃんとの攻防戦。
俺は汗だくで追いかけ、子どもたちはモモちゃんを応援し、モモちゃんは全力で逃げ回る。
まるで戦場のような駐在所の庭。
だが、この騒ぎがあるからこそ、子どもたちは毎日ここに来るのだろう。
「マモル、タノシイ!」
「……う、うるさい! 楽しいのはお前だけか!」
モモちゃんは羽をバタバタさせて笑っているかのようだ。
俺は諦め半分で、庭に座り込む。
「……ああ、もう、こいつが家族だっていうのは間違いないな」
そんな思いを抱きながら、モモちゃんの動きを見守る夜の駐在所。
平和だが、平和すぎて戦いが絶えない。
翌日、駐在所の庭では「モモちゃん vs 家庭菜園」の第二ラウンドが始まった。
「よし、今日は本気で守るぞ」
俺は作戦を練る。トマトやナスの周囲に小さな柵を設置し、キュウリにはネットを張った。
子どもたちも手伝ってくれる。木の棒で柵を支えたり、ネットの端を押さえたりと、駐在所総出の防御態勢だ。
「これでモモちゃんも簡単には侵入できないはず」
そう胸を張った瞬間、モモちゃんは不敵な鳴き声を上げた。
「モモー!」
そして、軽やかに庭を駆け回り、柵を飛び越え、ネットの隙間をくぐる。
まるで「やれるもんならやってみろ!」と言わんばかりの挑発だ。
「くっ……お前、本当に頭いいな!」
「マモル、オイシイ!」
俺は叫びつつ、子どもたちは笑いながら「モモちゃん天才!」と応援する。
畑の野菜は無残に齧られ、土が舞い、まるで小さな嵐が庭で起きているようだ。
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だが、このままではいけないと判断した俺は、作戦Bに移行した。
「もうこれしかねぇ!作戦発動だ!」
作戦とは、モモちゃん専用の餌ゾーンを作り、そこで好きなだけ食べさせつつ、畑は守るという二重防御策だ。
「モモ、オイシイ?」
目の前に置かれた果物や野菜を見て、モモちゃんは目を輝かせた。
「モモー!」と歓声を上げ、喜んで餌ゾーンに入る。
「……これで畑は守れるな」
子どもたちも手伝って、モモちゃんが餌ゾーンで遊んでいる間に畑を修復する。
トマトを立て直し、ナスを支柱に固定し、キュウリのネットを直す。
モモちゃんは時折覗き込んで「モモー?」と鳴くが、誘惑には負けずに餌を堪能している。
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夕方、戦いの後の静けさの中、モモちゃんと俺は縁側で並んで座った。
「……お前、やっぱりすごいな」
「モモー!」
駐在所の庭は少し荒れたが、子どもたちも手伝ってくれたおかげで大事には至らなかった。
モモちゃんは疲れたのか、俺の膝に頭を乗せて丸くなる。
「……本当に家族だな」
「モモ、カゾク!」
その声に、俺は静かに頷いた。
駐在所の日常は、ドタバタしながらも穏やかに、ゆっくりと進んでいく。
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夜、モモちゃんが寝静まった後、俺は日報を書きながら思った。
「……島の生活って、意外と面白いな」
柔道も射撃も、警察の仕事ももちろん大切だが、こうして庭で野菜を守り、モモちゃんや子どもたちと過ごす日々。
それが俺の今の“仕事”であり、“幸せ”なのだろう。
窓の外で波の音が静かに響く。
庭の小さな嵐は、今日も無事に収束した。
だが明日も、また新しい攻防戦が待っている。
「……覚悟しろよ、モモちゃん」
「モモー!」
まるでモモちゃんもその言葉に応えるかのように、羽を小さくバタバタさせる。
こうして、駐在所でのスローライフと家庭菜園の攻防は、今日も静かに、そして賑やかに続いていったのだった。




