第3部第8章 狡猾な王
謁見の間の空気は張り詰めていた。
王の言葉が終わった瞬間、重々しい沈黙が広がり、守は息を呑んだ。
王の目はまるで獲物を見定める鷹のように細められていた。
「そなたの言葉は通じぬ。されど、アデルを通して聞く限り、異質な知識と道具を持っておる。さつまいもだったか?食糧に飢えている地方の村を生まれ変わらせている事とみればわかる。それに王都を襲撃したものも返り討ちにしたのだろう?」
守は返答に迷った。通訳を通してのやり取りは一拍遅れる。だが、王の言葉の刃はその隙を見逃さなかった。
「守よ。そなたは我らにとって、未知の存在だ。侵略者の自作自演かもしれぬ」
「俺はただ……村を守っただけだ」
低く答える守の声に、王は鼻で笑った。
「無辜を救った英雄であると同時に、国を脅かす異物でもある、ということよ」
玉座の背後で大臣たちがざわめく。守は嫌な汗をかいた。
王は一瞬だけ笑みを浮かべ、しかしすぐにその笑みを消す。
「ゆえに、我らはそなたを受け入れるための“証”を求める」
「証……?」
「北の極寒地に現れた建造物を調査せよ。そなたがこの国の敵でないと示すには、それが最善であろう」
大広間が凍りつく。調査、などと王は軽く言ったが、それは斥候が誰一人戻らぬ場所だ。
つまり、それは「英雄」への試練であると同時に、「異物」への処刑でもあった。
守は思わず言い返した。
「俺は……今すぐには応じられない。村に戻りたい。俺には守るべき人たちがいる」
その瞬間、王の目が冷たく光った。
「ならば――村に重税を課そう。兵糧も徴収し、家屋ごとに銀貨を納めさせる。それでよいか?」
大広間の空気が一気に険悪に変わる。
守は唇を噛んだ。村人たちがどれほど困窮するかはすぐに想像できた。
王は巧みに「守個人ではなく、守の背後にいる村」を人質に取ったのだ。
「……卑怯な」
守の拳は震えた。だが王は余裕の笑みを浮かべる。
「政治とはそういうものよ。民を守りたいならば、英雄よ、我が国に忠を示すがよい」
守は一瞬目を閉じ、深呼吸した。
――ここで突っぱねれば、村が犠牲になる。
――だが、丸呑みにすれば、自分が利用される。
苦渋の末に、守は言った。
「……条件がある。俺は一度、村に戻る。その後、調査に向かう。それでどうだ」
王は口元に笑みを深く刻む。
「良いだろう。だが、その言葉――口約束では信用できぬな。あやつをつれてこい。」
そこで現れたのは、鎖に繋がれてた囚人服の男だった。
守の背筋がぞくりとした。
――アデルが言っていた、あの「契約履行」のスキル。
誓いはただの約束ではない。拘束力を持つスキルだ。
囚人服の男は口を開いた。
「契約内容をよく読めよ、小さな文字も余す事なく読め、こんな、分が悪い契約を結ぶつもりか?」
守はまず、文字が読めなかった。
「なんて書いてあるかはわからないが、サインしないとダメなんだろう?」
王はアデルの翻訳に愉快そうに頷いた。
「そなたが村に戻り、その後必ず調査に赴く。これを契約として結べ」
守は拳を握りしめ、深く頷いた。
「――契約する」
契約書に名前を書くと、囚人服の男が受け取り、はぁ、とため息をつく。
サラサラと何かを書いたのち、契約書が光り輝き、すぐに元に戻った。
別段変わったところは見えないが、終わったのだろうか?
契約が完了した瞬間、王は狡猾な古狸のような笑みを浮かべた。
「よい。では英雄よ。村での最後の平穏を楽しむがよい。すぐに、極寒の地での試練が待っておるのだからな」
守はその笑みに吐き気を覚えながらも、頭を垂れるしかなかった。




